アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
>本来子供は勝手に育つもの
確かに、それぞれがおかれた環境の中で、勝手に育つものだとは思います。
でもそれじゃ、今後は、
自力で生きていけない人間が増えてしまうのではないかと心配しているの。
出来る子供はそれぞれに奉仕の精神をもっていたり、
雇用を創造したりと、誰かを豊かにすることにつながる形で飛躍すべく頑張ってほしい。
と同時に、逆側のことも考えておきたいかなと。
>お金をかけてもバラマキになるだけでしょう。
お金をかけるのではなく、手をかけるという話。
手をかけようとすると、勉強という意味では環境に恵まれていない子どもだからこそ、
お金の話が切り離せないだけ。
夜スペは、現実の学校現場ではどんな対応ができるか、公立校の吹きこぼれ層を私学のノウハウを利用して支援することで、学校内で何が出来るかの一つの解を示した、という見方が出来ます。
今後、公教育は教育改革を実行することになる。では、どういう可能性を思い描く?
私はこう推測します。
● 国や地方自治体は教育コストを増やすことは出来ない。限定的な予算は、目標達成率の高い順に優先してメリハリを付けて配分することになる。
● 教師の業務は授業以外の雑務で多忙だ。大々的な意識改革や有能な教育指導者への交代が出来る学校は限定的で、拡がりのある本気の改革は期待出来ない。
● 改革のビジョンに対して貢献する気がない、あるいは出来もしないのに、出来ないと言わない公立学校関係者は多く残る。
● 保護者や社会は、学力低下を批判しながらも、学校や教員にほとんど協力しない。
● つまり、改革が実行出来る学校はごく限定的。これから学校内で質の高い教育力を期待することは可能性は低く、学校や制度に委ねることにはリスクがある、と言わざるを得ない。
では現実問題としてどうするのだ、というのが、ここでの課題である。
夜スペに感じたのは、塾や予備校のような金のかかる教育支援の力ではなく、マネジメントの力。学校外での対策として、家庭で子供の性格と資質を見て、効果の高い工夫した対策を考える力を持つ親はたくさんいるはずだ、ということです。
子供は勝手に育つから手をかけなくて良い、という静的な時代じゃないと思う方は多いでしょう。未来の世界に展望を開くには、変わりゆく世界に合わせて自分も成長し続ける能力が必要になります。多くの学校では、そのような本質にかかわることは教えてくれない可能性が高いのだから、それは意識して親がサポートしてでも身につけていかないといけない。
前にも書きましたが、
私は、教育の本質は「交換」ではなく「贈与」だと思っているのですね。
「交換」はお金とサービスの交換・・ビジネスです。「贈与」は無償・・タダであるということ、そこには愛がなければなりません。
親の教育、公立学校の教育・・無償で人を育てようという愛が必要です。
学校法人は、財団法人の変形ですが、
これらの法人が受けとるお金は売上ではないし、事業も収益をあげるためでもない・・保護者が支払う授業料は、料金ではなく実費負担なんですよ・・その財団法人、学校法人の精神がおおくの人に理解されているのか・・
東大京大医学部合格ビジネスになっていないか・・
実態はビジネスなんだから、公教育などとカッコつけずに、株式会社でやればいいんじゃないか・・そう思うわけです。
9歳から塾通い・・これは交換・・ビジネスの世界のものです。贈与・・愛が基調のものではない。
贈与・・公立学校から、東大京大医学部に合格する人もいるわけで、交換・・株式会社(学校法人)での教育とどちらが優れているか、
国家的、国民目線で、考える話だと思います。
いままで、公立学校が見返りを求めない教育をしているという認識がありませんでした。
国益という見返りを期待して無償・・じゃなくて、無料なのでは?愛、ですか?
それならついでに先生方も愛をもってボランティアで・・いかがですか?
親の教育は、ほとんどが純粋に無償でしょうね。
さみさんに同感。
公立教師は無償ではない。
公立教師の給与や年金や安定性が民間より遥かに低かったら?
無償の愛で務められる人が皆無とは言わないが、他の職業を選ぶ人もいると思う。
学校によっては私学のほうが公立より待遇が悪いところもあるし、不安定。
少子化、不況など今後はさらに私立教師の待遇が厳しくなる可能性大。
現在でも、公立のやり方には今一つ賛同できないが、
安定してるから私立より公立の教師を選ぶという場合もある。
人の内面なんてわからない。
どの職業のどの部署に無償の愛の持ち主が多いかも、測ることはできないと思うが。






























