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私学中学の価値 3校め

【2453513】
スレッド作成者: ようこそ!書き込み歓迎 (ID:80gWfX5qAeY)
2012年 03月 03日 00:25

引き続き よろしくお願いします。

【2695468】 投稿者: 信頼感   (ID:bBScqR/DWss)
投稿日時:2012年 09月 21日 17:34

【2687911】←こちらで無常感様が述べられていることに同意する部分が多いです。

>私は・・世のなかには、①競争原理に乗るもの、②競争原理に乗らないもの・・2種類あると思うのですね。でも、世のなか、①だけではないのですね。②だって当然にある・・これをどうするか?、ここが本当の問題だと思うのですね。それを、①も②も十把一絡げに、競争原理!・・こういった意見は、私は反対です。

勝手に抜粋させていただきましたが、私も無常感様の意見と同じ気持ちです。
教育は「贈与」であり贈与の源泉は愛情だと述べられているのであって、学校の先生お一人お一人に無償の愛を強要しているわけではないでしょう。教育の根っこが経済合理性に左右されると普遍的な価値観を学べない。そういう意味で教育の根本は「無償の愛であって欲しい」と比喩をされたのだと解釈しましたが・・・。源泉が愛情からなる教育なら、先生業を生業とされていても教育の精神は貫かれるでしょう。

しかし、現実は、公教育に愛薄く、欲が渦巻く状態かと。末端の先生にその矛盾を背負わすお偉方を一掃しなければ、先に進みませんね。それには、先ず、我々親世代の意識改革なのでは・・。

【2695918】 投稿者: あさがお   (ID:7kwWnVDENMM)
投稿日時:2012年 09月 21日 23:47

  教育の効果とは、各々が直面する様々な状況に応じて、考えることで道を切り開き自由度を得ること、ともいえます。特に今の日本では。


閉塞感のある社会、意欲の低下が問題視される学生の中で、学習を子どもの自発性に任せるというのは、確率的により良い教育機械を受けて自己の能力を鍛えるチャンスを失うリスクがあると認識された方がよいのではないでしょうか?


  私たちの身の周りにある学習機会を思い付くままリストアップしてみました。


● 公教育の制度やカリキュラムの改革
● 私立中高の良さを活かした教育
● 私学(塾・予備校等)の利用
● 放送大学やE-Learning、教育TV(良い番組多いと思いますよ)
● 一般社会の教育サポート
● 親の家庭内でのサポート
● ボランティア等の能動的な社会活動
● スポーツや文芸活動
● 書籍での自学
● 頑張って専門書や文献で勉強


学習機会はその気になれば、いくらでもありますね。
でも、子供達は使い方やアクセスの手段を知らない。それ以上にまず興味がない。
だから、ハートに火を灯し学習への扉を開くことをきたいする。学校で、あるいは社会や環境の中で。



  私の限られた経験からは、
「良き習慣」の習得が、子供の学習意欲も高め、自立した精神を育くんだ。
良き習慣は、日々の生活の中で、ある程度の規律や、没頭して継続する中に楽しみを見出すことで身につく。(逆に悪い習慣もあるから怖い)
良き習慣は、安定した心と芯の強さも育てた。


家庭がつくる環境や誘導(マネジメント)を意識すれば、子供が周りにいくらでもある学習機会を自分で利用する習慣を身につけて、成長するチャンスが大きくなる、というのが実感です。


制度は良いに越したことはないが、制度は制度。利用する子供の心を育てるのことが大事なことです。

【2696064】 投稿者: 無常感   (ID:SIj43PrMWUQ)
投稿日時:2012年 09月 22日 06:41

信頼感さん

>勝手に抜粋させていただきましたが、私も無常感様の意見と同じ気持ちです。

ありがとうございます。
引用自由ですよ・・どうぞどうぞ。

>教育は「贈与」であり贈与の源泉は愛情だと述べられているのであって、学校の先生お一人お一人に無償の愛を強要しているわけではないでしょう。教育の根っこが経済合理性に左右されると普遍的な価値観を学べない。そういう意味で教育の根本は「無償の愛であって欲しい」と比喩をされたのだと解釈しましたが・・・。

そうなんですね・・私が書きたかったのは、そういった意味です。


>親の教育、公立学校の教育・・無償で人を育てようという愛が必要です。(無常感)

私が申したかったのは、「贈与」・・「見返りを求めない愛」の重要性、その力なんですね。

「交換」というのは、その場で清算なんですね・・貸し借りが無いということです。
受験私学や、塾や予備校で、受験技術情報提供サービスを受けた・・・
でも、高い料金も払ったんだから、その場で清算です・・感謝する必要などない。
払った料金に対して、サービスの質が低かったら、当然、文句を言います。
つまるところ、それが経済合理性、競争原理ということなんですよ。
そして、これって、教育なんですか?・・というのが私の疑問です。

次に、「贈与」ですが・・

子供は、なぜ、親孝行をしなければ・・と感じるのでしょうか。
そうですね・・親の教育が「贈与」・・「見返りを求めない愛」だからです。
貸し借りがある・・だから、お返しをしなければ・・そういった力が潜在的に働くのですね。

それでは、目を転じて、国家の教育はどうあるべきなんですか?・・ということです。
この国に無償で育ててもらった・・国民がそう思える教育をすべきであろう・・と私は思うのですね。
それをやらなければ、この国に奉仕しようとする国民は育たないと思います。

受験私学、塾、予備校・・
東大京大医学部合格ビジネス・・経済合理性、競争原理、その場で清算、貸し借り無し・・
これで、国家に奉仕しようとする国民が育つはずがない・・私はそのように考えております。

【2696274】 投稿者: ゲーム好き   (ID:7KHTuuZ8inY)
投稿日時:2012年 09月 22日 11:10

学習機会はその気になれば、いくらでもありますね。 ・・・同意します。だから私は子供は勝手に育つものと思っています。

教育は「贈与」であり・・・必要最小限を与えるのは構いませんが、今の義務教育だけでも十分過ぎます。与えすぎると価値を生み出すことが出来ない、足るを知ることが出来ない不機嫌な親子が今以上に出てくるでしょう。

【2696301】 投稿者: あさがお   (ID:4pXnDdC9Cf2)
投稿日時:2012年 09月 22日 11:41

  受験私学、塾、予備校自体に問題があるわけではなく、
現行制度(とくに入試制度)のもとで、それらを最大限利用すると有利になっているという事実から生じるひずみが、問題となっているのです。教育制度、サービスを提供する側、教育を受ける側が一体となって、その中で、優位性を求める社会的欲求に基づく極大化の方向へと流れているのです。


ですから、今回の大学入試改革をはじめとする教育制度改革がなされるわけです。


ですが、制度は制度であり、結局、教育に携わるそれぞれ立場の異なる人達が、大きなミッションを意識した行動を取らない限り、また、新しい制度の下で、受験での優位性を求める視野の狭い学習行動に向かい、大きなミッションから逸脱する可能性は残ります。


制度改革 プラス 意識の持ち方 がお国のために教育改革の両輪でしょう。



  私としては、自分の小さな力で出来る範囲の対策が現実的関心事であって、子供の学習に対する大きな目標、意識の持ち方が第一優先でしたね。入試を目標にするのではなく、知恵、教養、人格や品性を育み、進学したらそこがスタートだと道が開けるような教育。入試はその過程で余力を持って通過する。そのような学習が中高での目標です。


私立一貫中高は、健全な学校教育理念、熱心な教師陣と良く練られた授業によって、そのような学習機会をきちんと与えてくれています。

【2696338】 投稿者: 多分   (ID:mI15O/xohsc)
投稿日時:2012年 09月 22日 12:36

大学改革はカリキュラム検討とGREの導入で十分だと思います。

どの大学を出ても、GREの点を見れば出来は一目瞭然。

教員の裁量に任されすぎてる、いい加減な授業を改革する必要はありますね。

某旧帝大と米大学間のウェブ講義が、日本側の低レベル講義への不満でアメリカから打ち切られたこともありますし。

【2696440】 投稿者: イワンのばか   (ID:wraQbncNKN2)
投稿日時:2012年 09月 22日 15:22

弱点さん

633ページでの弱点さんのつぎの疑問

>こんなに平和ボケ日本人なのに、不思議と怖がられているんですよね。
あまりにも怒らないから、本当に怒らせたら怖いと思っているのでしょうか。
混乱のときでも整然としている日本人は、
自分たちと違いすぎて読めないのでしょうか。

について、640ページで、わたしなりの意見をのべさせていただきました。それにたいし644ページで弱点さんからコメントをいただきました。以下はそのコメントにたいするわたしからのコメントです。

>今は何をされても「遺憾です」しか言わない、国民も怒りもしないからです。
国なんていう意識もないんじゃないですか? あっても薄い。
平和ボケだから安心、ならいいんですけど、

ふたたび「平和ボケ」ということばを使われていますので、633ページでの弱点さんの疑問のくりかえしと思われますが、日本人はおとなしく外国を攻撃するような国民ではないから、周辺国が日本を警戒するのは不思議だ、という主張ですね。

それは弱点さんの見方にすぎないであって、歴史的事実をみれば、周辺国の人々の目にはそのようにはうつらない、というのが640ページでのわたしの主張です。

ところで、わたしは日本がほんとうに「何をされても『遺憾です』としか言わず、国民も怒りもしない」とすれば、それは素晴らしいことだと思います。憲法9条を堅持し、そのような姿勢を長年にわたってつらぬくこと以外に、周辺国の人々の不信をとく方法はないと思います。

>尖閣にしても竹島にしても、棚上げ状態を守っていたのは日本だけだったわけです。

領土問題については棚上げが最善の策と思います。

>国と国との争いというものは、押すだけでも引くだけでも、
国民の生活を危うくするものだと思います。
そんな危機意識もずうっとなかったんじゃないですか。

国民の生活をもっとも危うくするのは戦争です。

憲法9条が改正させれば、まさに弱点さんのこのような論理をもって軍備が増強され、周辺国との緊張が増し、ちょっとしたきっかけで戦争に突き進むことになると思います。

>引いていれば平和と思い込まされて、ありがたがっている国民ですから、
他国からしたら思う壺でしょうね。

「思い込まされて、ありがたがっている」

「平和ボケ」もそうですが、弱点さんのことばの端々に、自分は賢明で真実を見とおせるが、他の日本人はばかで(そう、わたしのように!)なにもわかっていない、という思い上がった表現が見られますね。

引いた結果であっても、平和とはじっさいに大変ありがたいものであり、それをそう思うことは、なんらまちがっていないと思います。むしろ、かろうじてたもたれている武力の均衡の下での平和は、みせかけにすぎず、安心しているわけにはいかないと思います。

>力をつけてきたから、押される。それだけのこと。
そこに道理なんてないんだと思います。

それでは日本は力が弱ってきたから、引く。それだけのことではないでしょうか?ここで、押す、というのでは、それこそ道理がとおりません。

>それにしても、拾ってきましたね。
で、日本人が仕掛けて、日本人が悪くて、
日本人がおとなしくしていれば、日本人も平穏に過ごせたんですか?

と、問いを投げ返したところで、日本のことを警戒している周辺国の人々の記憶から、日本がかれらの国をくりかえし侵略したという事実が消え去ることはありません。

>私は今の日本人の自信のなさも、意欲の低下も、
そこの考え方から始まっていると思いますけどね。
そんな精神的なものだけじゃないという意見もありますが、
人間、精神的なものがすべてに影響していくものだと私は思います。

この主張はまちがっていると思います。戦争にたいする反省の気持ちが強かった戦後の昭和のほうが、それが希薄になりつつある平成より、日本人は自信も意欲もありました。

【2696766】 投稿者: あさがお   (ID:4pXnDdC9Cf2)
投稿日時:2012年 09月 22日 21:45

  確かに、競争の低年齢化と言い現象は、一般社会>大学>大学入試>中高教育>小学教育の一連の硬直的な現行制度のもとで、教育制度、教育サービスを提供する私学(予備校、塾産業)、教育を受ける側(親子)が一体となって、優位性を求める欲求によって生じている、大きなひずみです。


子供にとって無理な学習の強要、そして子供の肉体的、精神的な成長のリズムに合わない生活習慣は、早期学習で得るものより弊害が大きいというリスクの方が高い。だが、子供が興味を持って没頭するような早期学習(勉強だけではない)が、才能開花に寄与することも事実。


だから、親が子供の資質と性格を読み取って、 まさに「見返りを求めない愛」の力によって、子供の成長にとって適切な「贈与」をすることが望まれる。リスクがあるから皆が果実を取りに行かないという思考は悪平等だと思う。リスクを避けメリットを最大限に活かす工夫に基づく行動が望ましい。
いうのは容易いが、実際には親の眼力、能力も必要で上手くやるのは難しい。EDUには、その良い案、経験をシェアする場であって欲しい。

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