アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
なんか話題が続いているので、いちおう言っておこうかな。
私は、「教育」は商品やサービスであるとは思っていません。
が、私立学校は、採算が合わなければ閉校せざるをない。
つまり「私立学校」はサービス業化する可能性があり、
すでに一部の私学はそうなっていると思っています。
ただ、それが悪いことだとは、私は全く思っていません。
設立の理念を大切にしているため、微妙に時代に取り残され、
評価も偏差値も落ちつつあるかつての名門校がある反面、
共学にしたり、手取り足取りの受験指導で人気となり、経営的にも安定する新興的進学校がある。
後者なんて、自校の生き残りをかけて挑んだ改革の成果にほかならない。
まさにサービス業そのものです。
生理的に受け付けられない方がいらっしゃるのはそれはそれでいいのですが、現実は現実です。
教育は商品でもサービス業でもないでしょう。
学業に対して、手取り足取りというのもサービスではないんでしょう。
そうしなければ、知育 という一面に於いて成果が上がらないから。
教育の一環としてそうせざるを得ない程度の生徒が集まっているから。
本当に、生き残りをかけて、経営という面から、サービスとしてそのような教育方針を掲げているのか?
そうではなくて、彼らの能力の最大限を生かしたいという教育者の熱意がそれをさせているのでしょう。
集まってきた子どものそれぞれにそれぞれの華を咲かすためにどうするか、教育者は常にそれを念頭にいれて子どもと向き合うはずです。学業だけのことではありません。
方法論と理念を一緒に語ると教育の本質を見失います。
>>世間さん。
>現実は現実で結構だが、教育も商売と考えるのは醜いね。
商売じゃないと言いながら、市販品(私立教育)以上の金を血税からウムを言わさず取り上げておいて。
お金を払うに値しない(公立教育)を押し売りするのは、醜いを通り越して犯罪に近い。
今回の標語
同じ価格で並べたら、誰も買わない公立教育。
繰り返すけど、一部の学校がサービス業化しているとは書いたけど、
教育については、商品ともサービス業だとも私はいっていませんからね〜。
〉そうしなければ、知育 という一面に於いて成果が上がらないから。
教育の一環としてそうせざるを得ない程度の生徒が集まっているから。
本当に、生き残りをかけて、経営という面から、サービスとしてそのような教育方針を掲げているのか?
そうではなくて、彼らの能力の最大限を生かしたいという教育者の熱意がそれをさせているのでしょう。
そういった学校も当然にあるでしょう。
しかしながら首都圏の御三家未満の一部の新興進学校についてはそうではありません。
それも本当。これも本当と言ったところでしょう。
学校名を出せばわかりやすいのですが、
それをするとめちゃくちゃ荒れるのが明らかなのでしませんが。
いま、少子化と景気の低迷により、潰れそうな学校がいくつもあるといわれています。
志望者を増やすにはどうしたらいいのか?
中学受験の偏差値を上げるにはどうすればいいのか?
少しでも優秀な学生を集めるにはどうすればいいのか?
なんて視点のお題で、理事会や会議などで話し合われている学校、
あるいは話し合われたことがある学校、普通にあるようですよ。
で、てっとり早くわかりやすいのが、ドラゴン桜的なやり方なわけで。
組織が存続を考えるのは本能というもの。
学校も生徒&家庭もWin Winなんだから、いいじゃないかと私などは思っています。
あっ、あと、私がいう「サービス」とは、質量形があるモノではなく、
無形の満足をもたらすコト全般のことです。
語源を遡ると奴隷とか奉仕するものとかの意味もでてきますが、そのつもりでは使っていません。






























