充実した教育環境の日大付属高校
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
>目利きは、効率化していいものと、
効率化してはいけないものを見極めている。
目利きでない人は、「効率化していけないもの」が理解出来ないので、
9歳から塾漬けで9年間も大学受験の準備をしている
異常な状況に関して、
①すべてではない、人によって違う
②9年間ずっと受験勉強だけをしているわけではない
③スポーツだって同じ
・・などと、どこでも使えるようなとってつけた理由で、「効率化してはいけないもの」を
擁護する人がいますが、
本質的な問題は、
低年齢からの塾通い無しで、中学受験を突破出来る子どもはまずいない
・・この事実なんですね。
子供が、9歳も、15歳も、18歳も・・みんな均質に同じといった議論は、
子供の教育を、まるで工業生産物のように見立てるわけです。
工業生産物は、早くから製造を始めて、長期に時間をかけた方が無理なく作れますよね。
9歳から受験準備させた方が、9年間もあるんだから大学受験も有利、ラクに準備出来ます。
・・これと、同じ発想なんですよ。
だから、次には、8歳からではないと遅いのではないか・・こういう発想が出てくる。
子供を、工業生産物に見立てている証左です。
教養ある大人が普通に考えれば、子供の9歳、15歳、18歳は全部違う・・・
9歳・・こんな小さいときから、受験のマネゴトをさせて心身に悪影響は無いのか
・・そこを心配しますよね。
私は低年齢から始める受験は悪影響があると思っています。
別にこれは私だけの見方ではなくて、かつて中教審答申で、受験の低年齢化を危惧する声が
あがっています。(以前、紹介しましたね)
だけども、この掲示板を読んでいて、そういう心配の声はほとんどありませんよね。
桃季さんから懸念の声をいただけたとき、僭越ながら、さすがだと思いました。
やはり、学歴のみならず、教養のある方はやはり意見が違うのですね。
中学受験ファンの間で漂う・・ほら、私ってすごいでしょ・・と
お互いを誉め合うスノッブ趣味・・まあ、個人の自由ではありますが、
僭越ながら、自分や子供の自慢話だけではつまらないので、
国家、社会も語っていただけたら嬉しいです。
議論の仕方についてなんですが、多用されるワザで、
①すべて●●ではない(・・と相手の意見を否定する)
②●●だって同じ(・・と論理矛盾だと否定する)
・・という否定ツールがあります。
使っている本人の本心は、詭弁なのか、それとも理解不足で誤用しているのか・・いずれか分かりませんが、使う人はホント多用しますよね、もう、特定の人のクセと言ってもいい。
ちょっと考えれば分かりますが、そもそも、①と②で矛盾するわけです。
すべて●●ではないと否定するのなら、自らも、●●だって同じだ、●●と何が違う?・・という断定的な論法は使えないはずなんですね・・当たり前ですよね。
攻めこまれたくないという意識が強すぎて、守りクセのある人は、①と②が併存するというヘンテコリンな論理矛盾をおかすわけですね。
そもそも、①を多用するなら、
じゃあ、社会の事象で、すべて●●だ・・と言える事例が何があるのか、示すべきですよ。そういう誠意も無しに、①を多用する「すべてじゃないもん」攻撃は、単なる発言つぶしです。
中学受験合格者のほとんどが、小学生のうちから塾通いをしている・・経験的、実感的にそうである・・そして、こういった児童期からの受験低年齢化が及ぼす悪影響が懸念される・・
こういう仮説に対して、
合格者のすべてが塾通いとは限らない・・こんなくだらない反論しても、意味が無いわけですよ。
そんなこと言い出したら、すべてが●●とは限らない・・あらゆる事に言えますよね。
これを多用する方は、何も発言しない方がいいかも・・でも、同じ主張の他では、●●だって同じだと平気で断定したりするわけで、こういうねは詭弁だと推察します。
もっとも論理に弱い・・能力的なこともありえますので、断定はしませんけどね。
中教審の受験低年齢への懸念・・という答申に対しては、
「すべてじゃないもん」攻撃はしないと思うのですね・・そこでは、「だって権威には弱いんだもん」なわけです。
知性派というのは、中学受験ブームだろうが、政府が何と言おうが、ブレない自分の見解がある・・そういうことだと思うのですね。自分に都合の良いところだけを、「すべてじゃないもん」なんて言いません。傷つこうがなんだろうが、自分の信念は簡単には曲げない。
意見の相違はあっても、そういう意味で視点さんに敬意を表します。






























