アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
密かなフアンです(ゴメンナサイ)
日高敏高の『人間についての寓話』(やっと見つけました。本棚が汚いので)
『いったい、教育って何なのか?親や教師や政府は、何のために、何を、だれを、どう教育したがっているのだろう?そこらをもう一度うたぐってみる必要はないだろうか?(中略)親は教師は、一生懸命教育したつもりになっているけれど、子どもはまったくべつの形でそれをうけとっている。子どもは自分なりにしか吸収していないのだ。(中略)「教育しなくては…」という人々は、自分がずいぶんえらいと思っているのだろう。えらそうに、義務感みたいに、教育、教育という気持ちが、ぼくにはまったく理解できない。』
教育そのものを論じなければ、学校は論じることができないでしょう。
しかし、それはあまりに壮大で気が遠くなることだと感じています。
人も動物なんですね。本能で子どもを育てています。
学歴をつけることが子どもの為だと、「本能的に」悟る、この時代の流れが何に起因しているのか、今考えているところです。
枕流漱石
公立の話をしている訳ではないのに
「伝統公立は違う!」と何度も書いている方がいるので
(視点さんは違いますね)
疑問に思っただけです。
塾通いや進学実績への拘りなど、
学校としての差はないのですから。
むしろ進学実績への傾倒は、今の公立のほうが
強いですし。
だから、本質の議論をしたいなら、早期の塾通いに絞って
私立だ公立だと分けなければよいのですよ。
はは(笑)・・あなた、面白いひとですね。
私は、機嫌はいいですよ。
機嫌が悪いのは、私のレスを読むひとです。
その機嫌の悪さが、どこから来るのか・・
学歴幻想が傷つくからです。
私は、この仮説が正しいと思ってるだけで、
共感を得ようなんて思ってないですよ。
私立中学受験ファンのみなさんは、
その考えをあらためることなんか出来ないでしょう。
時代が変わったときはじめて、考えが間違っていたことに、
気づくものかもしれません。
かつても進学先を誘導してましたけど。
かつてというのは50年くらい前ですか?
それにかつては私学受験でも塾通いは今ほど過熱
していなかったのでは?
昔の公立と今の私学を比べることに、
何の意味があるのでしょう?
視点さんがおっしゃるよう、公立のことを引き合いに
出すことも疑問です。
論じたいことは、早期の塾通いの弊害ですよね?
>自分は振られた立場ですけれど、子どもは目指すなら京医と言っています(笑)
>でもね、現在は、部活一辺倒で、塾などには目もくれませんが、
>実のところ、京医に入るには、塾に行って勉強しなければ難しいと本人自覚しています。
>頭が悪いからでしょうか?塾にも行かず、スポンと入れる人だけの選択肢なんでしょうか。
>早々に塾に行かなければ入れないなら、諦めなさいと言った方がいいのでしょうか。
大事なのは、何故京医を目指すのかでしょうね。
そこが「志」としてしっかりしているなら、目指したらいいのではないですか。
塾が必要かどうかは本人と環境次第でしょう。






























