充実した教育環境の日大付属高校
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
無常感様
>よくよく考えてみたら、「●●をしない」という不作為に、本来、意志は必要無いのですね。
>●●を考えなければいい・・「●●をしない」簡単に出来るはずなんです。
これは私を誘い出す「釣り」ですか?
釣られます。
●●の存在を知らなければ、意志は必要ないのはわかります。
●●の存在を知っていれば、「●●をしない」というのは意思決定だと思いますが、いかがですか?
「公立に行かない」という不作為に、本来、意志は必要無いのですか?
>かつての中教審答申にあったとおり、
>受験低年齢化の問題・・謙虚に耳を傾けた方がいいと思います。
《741ページ》
私もそう思います。
中学受験のためであろうと、公立高受験のためであろうと、小学生の受験塾通いは問題だと思います。
>過去の日本人のノーベル賞受賞者で、12歳~15歳まで首都圏で暮らしてた人が一人もいないのですよ。
この文章の15歳までとは、16歳直前までという意味まででしょうか?
そうなら12歳~15歳までは4年間になります。
12歳~15歳までの3年間ではダメでしょうか?
利根川さんは日比谷ですが、12歳~15歳までのうち首都圏で暮らしたのはどのくらいだったのでしょうか?
>塾で問題と解答をシコシコ暗記して、知的野生が育つか・・私は育たないと思います。
首都圏で「塾で問題と解答をシコシコ暗記」するようになったのはいつからでしょうか?
都立全盛時代にはそうではなかったでしょう。
首都圏で私立が台頭する以前に12歳~15歳まで首都圏で暮らしてた人から(利根川さんは保留します)ノーベル賞がでないのはどうしてなのでしょうか?
ノーベル賞と遺伝子の地域性との関係はどうでしょう?
湯川秀樹(東京)父:小川琢治(和歌山)
朝永振一郎(東京)父:朝永三十郎(長崎)
江崎玲於奈(大阪)
福井謙一(奈良)
利根川進(愛知)ただし、父親も日比谷高校卒なので父親は東日本かも
白川英樹(岐阜)
野依良治(兵庫)
小柴昌俊(愛知)
田中耕一(富山)
益川敏英(愛知)
小林誠(愛知)
南部陽一郎(東京)父:(福井)
下村脩(京都)父:(長崎)
鈴木章(北海道)明治維新以後に先祖が北海道へ移住した可能性が大きい
根岸英一(旧満州国)父親の出身は不明
山中伸弥(大阪)
湯川秀樹(東京)も朝永振一郎(東京)も遺伝子的には西日本です。
私は、中受ー私立中高一貫 その仕組み自体が問題なのではなく、利用する人の在り方の問題だと考えています。
メリットを引き出し成果を得る人からデメリットに陥る人まで、そこで実感するもの、得るものは人によってかなり異なり相当幅があるというのが実態です。
例えるならば、勧める金融商品には、利益の期待値同様には損失のリスクもあり、そのボラティリティが大きいということでしょう。今、人気があり人が集まるのは、メリットによる実績に注目しているからでしょう。
私は、その幅広い可能性の中で、(デメリットの罠を知った上でリスクを回避して)長所を最大限活かすことに焦点を当て、
>成長を高める学校の教育理念、教師陣、そして勤勉な生徒が集う学校には、学びの場があった。
無常感さんは、リスクとしての弊害の部分に焦点を当てている。
>塾で問題と解答をシコシコ暗記して、知的野生が育つか・・私は育たないと思います。
お互い、強調する点は可能性の幅の中で条件付きなわけですから、その条件をはっきり示せば、よく伝わるのでしょうね。
>首都圏で私立が台頭する以前に12歳~15歳まで首都圏で暮らしてた人から(利根川さんは保留します)ノーベル賞がでないのはどうしてなのでしょうか?
ノーベル賞云々とは関係ないかもしれませんが…。
かつて首都圏では、そこそこの家に育ち、勉強ができる子供は、
「文系の頂点」を目指す傾向があったそうです。
官僚や政界財界などで、「国の未来を担う」、という発想のもとに。
親もその関連の職業の家庭が少なくなかったでしょうし。
首都圏であるがゆえの特殊性、かもしれませんね。
多羅葉さん
時がきた・・
私も好きなんですね、そういう感覚が。
若いうちは、どうしても自分の力を過信して、
因果律でいっちゃうわけですが、
それなりの年齢になったら予定説
も必要ですね。
あれこれあったけど、年貢の納めどき、
神がそのように、おっしゃっている。
結婚するとき、そう思いました。
音楽でいえば、私的には、
ビートルズのレット・イット・ビー
ですね。
遺伝さん
視聴率が低いらしいですが、
大河ドラマ「平清盛」、毎週、観ています。
天皇、公家にとって重要なことは、
前例踏襲、故実どおりに物事を行うこと。
また、和歌、舞など覚えていないと・・
だから、暗記が大事ですね。
「都会の知」というのは、そういうものかと。
いい暮らしをするために、必死になって暗記する・・中国の科挙と同じです。
9歳から塾通い、私立中学・・まさしく、「都会の知」の世界です。
独創的な知・・都会の知とは違うでしょう。
それは、都会ではなく、自然から出てくるのではないか。
利根川進氏も、児童期を富山で育ってますね。東京育ちではありません。
>かつて首都圏では、そこそこの家に育ち、勉強ができる子供は、
>「文系の頂点」を目指す傾向があったそうです。
>官僚や政界財界などで、「国の未来を担う」、という発想のもとに。 (遺伝さん)
現在、グローバル化により世界中の人々の活動の関連性が強まり、それぞれの国での歴史観や考え方の違いが、様々な場面で摩擦を生むという状況が増えてます。日本は結局、そして、この20年間、完全に世界の成長に後れをとっている。
これもひとつの見方ですが、優秀と言われたこ失われた20年間の日本の文系学部卒業の官僚、経営者は、政治の公的活動から企業での経済活動に至るまで、日本の活力を高める新しい道や仕組みを示せなかった。言い方は悪いが、この体たらくぶりは、世界が刻々と変化する中で、部分最適化を指向し全体最適化を想像出来なかった狭い思考、構想力の欠如、国際社会における貧弱な発信力、貧弱な英語力、そして、大きな枠での関係性や相関性に対して鈍感な社会認識力に依るのだと思います。昨年、日経新聞記事で文系学部卒業の社会人に対する同様の指摘があったのを覚えています。
これは,結局、彼ら(全体の一部でしょうが)のゴールが私利私欲による地位や権力の獲得にあったのかもしれません。日本の文系大学生の勉強量が全般的に少ない点、社会の発展や構想力を育成出来なかった点等は学校教育の問題として捉えて、改革では課題を達成するような明確な教育目標を立てて注力する必要があると考えます。次のような能力の習得を目指すべきです
・総合的な国語力
・集団の中で個を立たせる人間力
・複雑系に対応出来る強固な論理思考能力と構想力
・実務に足り意見を発信出来る英語力
・国際人として通用する教養
これらは、なまじっかな学習で身につきはしませんし、学習量と経験からの学びによる深い思考が必要です。
これを、どのように小学校から大学に至るまでの学校教育で子供に醸成するかも、本質的論点です。






























