充実した教育環境の日大付属高校
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
>日本の医療システムを守ること
これをよく考えて、TPPも考えるべきだと思います。
衆議院選挙をにらんで、
安部さんが従来の慎重姿勢から、参加可能性を示唆したとか。
これは本気なのか・・
あるいは、
積極参加姿勢で選挙争点化を狙う野田さんへの牽制球なのか・・
今後、いろいろな駆け引きがありそうですね。
無常感さん
>不変たる知識(情報)を知ったうえで、問題意識が無いと人間は変化しないが、
>問題意識が有ると人間が変化する可能性がある・・
不変たる知識がどういうものなのかわかりませんが、
その知識を誰かが書いたものを読むことによって得るならば、
問題意識がないと人間は変化するけれども、
問題意識があると人間は変化しない、でもあると思います。
著者の意識に染まること、多くないですか?
何を読んでも、結構「そうね、そうね、そうだわね」と流されてしまいますが、
自分が問題と思っていることに関しては、拒否することができるんですね。
>いまのところ、全然、成果があがっていない(笑)・・やれやれです。
すぐに成果を求められても困りますよ。(成果って、自分で考えること?)
子どもの人生は、私たちと違って長~いのです。
誰も考えなきゃ、自分で考えるものですよ。自分のことですし。
そこを奪われたら、何のために…だと思うんですよね。
それに、私に染まった、似た人生を見せられても面白くない。
生きている限り、ワクワクハラハラを楽しませてもらいます。
ちょっとハラハラが多すぎるけど~。
弱点
確かに、自分に染まった、似た人生をしょうがないですけど、
人間って似せようとしても似ないみたいなところが面白いですね。
しかし、問題なのは、負の連鎖だと思います。
先日、料理研究家の辰巳 芳子が、
料理を真剣に作ったら、人間としてできあがる
料理は、見守り刻々と変わる様子を見守る
子育てと同じこととおっしゃっていました。
子育ては、見守りなんですね。
確かに、ハラハラどきどき感たっぷりです。
弱点さん
問題意識はレセプターだと思うのですね。
このレセプター(問題意識)が無いと人間は変化しないのではないか・・
問題意識が無いと、たとえば・・
「右」という主張の知識を知ったとき無批判にこれを吸収しそうに見えるが、その「逆」・・「左」という主張も無批判に吸収しそうに見える・・要は、何も吸収していない・・レセプターが無いからです、つまり、人間は変化しないということになりそうです。
逆に、問題意識が有る場合、「右」という主張を批判し「左」と解釈し吸収する・・これはあり得ます。レセプター(問題意識)で変換して、吸収するわけです。人間は変化していませんかね。
私があの文脈で申した「成果」というのは、親が子供を放置した結果、期待する「自己責任意識の芽生え」です。息子には、どんな生き方をしてもらっても結構だけども、自己責任意識だけはもってもらいたい・・切なる願いです。
無常観さん
レセプター…あんまりその方面は詳しくないのですが、
やっぱり、無常感さんの、問題意識、は免疫反応ですね!
最近は、あまり、不機嫌には見えません。
アレルギー反応が落ち着いている感じ…に見えます。
その方が、いい感じ!と思いますよ。
問題意識は、多くの場合、クリティカル、なんですね。
批評性とか批判性というのは大切であると思います。
ところが、それは、独自の、偏見、固執、などの自己の偏向性からである場合も多いわけです。ですから、問題意識は、逆に、自分の内面に向かって持つべきだと思うわけです。
たとえば、「右」という主張を批判的に見るが、その内部から湧き上がる批判を、
また、自分で、批判してみるという感じでしょうか。
問題意識というのは、外向きばかりではなく、
内向きに発せられてこそ意義があるように思います。
自分の中にある「偏向性」に対する問題意識があることで、
より自由で豊かな発想ができるように思います。
枕流漱石さん
>ところが、それは、独自の、偏見、固執、などの自己の偏向性からである場合も多いわけです。
ですから、問題意識は、逆に、自分の内面に向かって持つべきだと思うわけです。
>問題意識というのは、外向きばかりではなく、
内向きに発せられてこそ意義があるように思います。
ご意見ありがとうございます。
内面、内向きも・・大事ではありますね・・私も、それは否定しません。
でも、どうですか・・
世間を見渡して、内向きな内面大好き人間が多過ぎないですか?
受験なんてものも、ある意味、内向きで、内面大好き・・な世界です。
他人と議論なんかしなくても、受験は出来ますよね。
かつては、高校生が政治を語るなんて、青臭い青春もありましたが、
いまの高校生はどうなんでしょうか・・
「独自の、偏見、固執、などの自己の偏向性」・・これを回避する方法は、
内向き、内面大好きになることではなくて、他人と議論することではないですか?
そういった教育が、日本では欠落しているわけです。
議論の経験が無いまま、そのまま大きくなって「成人扱い」をしたら、
そりゃあ、能力不足となるのは仕方ないですよ。
>ところが、それは、独自の、偏見、固執、などの自己の偏向性からである場合も多いわけです。
ですから、問題意識は、逆に、自分の内面に向かって持つべきだと思うわけです。
このフレーズ・・哲学的に面白いので、ちょっと、補足しますが、
人間って、自己の「独自の、偏見、固執、などの自己の偏向性」を
コントロール出来るでしょうか?
これは無理なんですね・・絶対、出来ません。
なぜなら、「独自の、偏見、固執、自己の偏向性」が、
何を基準として、そのように評価されるかというと、他者の目線だからです。
自己が、他者の評価なんてコントロールしようがありません。
だから、まずは、情報収集なんですよ・・そこで、他者との議論が必要になる。
こんなことを申すと、
「議論までしなくてもいいじゃないか、情報収集は会話程度で・・」
・・こんなことを言う人もいるかもしれませんね。
でも・・そういう人って、
他者が何を言っているのか、正確に理解してないことが多いと思うのですよ。
波風を立てないで、ニコニコと・・相手が、何を言ってるかよく分かりません・・
という程度の会話で、自分の偏見は改まるでしょうか?・・私は無理だと思います。
現代に必要なのは、深い会話だと思います・・つまりは、議論することですよ。






























