アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
無常感さん
>養老氏の「バ●の壁」の出産ビデオの事例で書いているとおり、
(中略)
>以上、レセプター(問題意識)が無い人間は、いくら聞いてもダメなんだろう・・と思うわけです。
それは問題意識以前に、男子は関係ないから興味がないんじゃないですか?
だから、変化がないのでしょう。
その事例は、納得させられる例として取り上げただけのように思います。
問題意識と言えるほど大層なものでもない、興味、関心にとどまるものじゃないですか。
出産に何か問題があると学生たちが思っていたわけでもないですよね。
そもそも問題意識をレセプターに置き換えられるものなのでしょうか。
問題意識があるというのは、もうある程度の解を自分で探して持っている感じだと思うのですが。
幼児のうちにしつけをするのは、
問題意識がないうちに、よい行為として洗脳することですよね。
問題意識がないから、それを受け入れられるんだと思います。
一度嘘をつくうま味?を覚えてしまった子に、嘘をつかないように言っても、
なかなか受け入れてもらえないですよね。
その子にとって、うそをつくことに意味(問題意識)があるから、変えられないんだと思いますけど。
弱点さん
養老氏の文脈でいえば、女子学生の場合は、将来自らが出産するという問題意識があるから、ビデオ内容のデテールに気がつく・・発見がある・・ということなんですね。当然ながら、男子学生に出産する当事者としての問題意識はありません。
全く同じモノを観ているにも関わらず、「見える人」「見えない人」に分かれる・・これは問題意識の差だと思います。
前に書いた例えですが、同じ森を眺めているにも関わらず、バードウォッチャーは鳥がよく見えますが、そうでない人はよく見えません。これは「鳥を観る」という問題意識の有無によります。
9歳から塾通い・・問題意識が無いから吸収が早い・・これは何かが「分かった」訳ではなくて、暗記しただけ。小さい頃からやる方が暗記は早いです・・でも、それは「分かった」とは違うのではないか・・
「分かる」ためには、その対象の「論点」・・つまり「問題」がなければならない。たとえば、
「●●は正しい」のか・・
「●●は間違っている」のか・・
という命題が、自己のうちに無ければならない。そして、この問いが氷解するときに、「分かった」ということになります。
問題意識が無い人は、分かりようがないのですよ。男子学生のように「分かったつもり」になっているだけです。「吸収が良い」ことと、「分かる」ことは違うのではないかと思います。
社会人なんかの場合でも、マニュアルをサラサラと読んで暗記して、「分かったつもり」になることが優秀だと勘違いする人がいます。
でも・・全然、分かってなかったりします。
これって、受験低年齢化と関係があると思います。
レセプターは単なる比喩です。
「問題意識」を、分かるための「受容体」と掛けて表現した次第です。
何度もご説明くださいますが、おっしゃっていることは理解しているつもりです。
「問題意識」の使い方が、あの例を含めた主張ではおかしいように思うだけです。
>「分かる」ためには、その対象の「論点」・・つまり「問題」がなければならない。たとえば、
>「●●は正しい」のか・・
>「●●は間違っている」のか・・
>という命題が、自己のうちに無ければならない。そして、この問いが氷解するときに、「分かった」ということになります。
私の「問題意識がある」という状態は、この自分なりに氷解している状態を言っています。
もちろん氷解が正解とは限らないわけで、問題は問題としてあるわけです。
まだ、氷解すらしていないなら、ちょっと引っ掛かっている、気になっている、関心がある、
まだ問題自身がクリアになっていない状態かなと。
その状態なら、変わりますよ。自分の解も持っていないんですから。
でも、一応氷解していたら、相当説得力がないと、考えは変わりませんよね。
例えば、公立の教育に対して問題意識を持った。
自分なりに解を探して、中高一貫校へ行くことにした。
一応氷解したから、ネガティブなことを言われても変わらない。
ちゃんと問題意識があるから。
こういう使い方をするんだと思っていました。
あの例によると、問題意識があるのに、何も自分から考えていないんですよ。
誰かに何かを教えてもらうのを待っている状態を、問題意識があると言っている感じ。
今は自分で能動的に考える人がいないという皮肉なんでしょうか?
ああいうタイトルを付けるぐらいですから、そうなのかもしれません。
分かったつもり云々の話に特に異論はありません。
男子学生だけを分かったつもりとおっしゃっていますが、
女子学生だって分かったつもりでしょ。
分かったつもりだらけなのですが、普通のことでもあると思います。
想像で政策を作るから、求めるものとは懸け離れたものができたりするのでしょう。
策を必要とする当事者じゃなければ、本当の痛みは分からないのですが、
少しでも近づけるように雑多な経験や見識が必要なのでしょうね。
だから、視点さんは早くから豊かな友人に囲まれることも危惧されているのでしょう。
何だかんだと言っても、頭のいい人が世の中を動かすことになるから気になるってことで。
ヘンな勘違いをしないようにクギを刺すのも親の役目でしょうか。
ただ、その加減が難しいですね。
ヘンに勘違いしているほうが、その時点では上昇志向でしょうから。
弱点さん
>私の「問題意識がある」という状態は、この自分なりに氷解している状態を言っています。
もちろん氷解が正解とは限らないわけで、問題は問題としてあるわけです。
まだ、氷解すらしていないなら、ちょっと引っ掛かっている、気になっている、関心がある、
まだ問題自身がクリアになっていない状態かなと。
その状態なら、変わりますよ。自分の解も持っていないんですから。
でも、一応氷解していたら、相当説得力がないと、考えは変わりませんよね。
弱点さんのこの文章、おもしろいですね。
深く読んでくださっていますね・・ありがとうございます。
弱点さんの文脈に沿って、何が「問題意識」なのか・・と私見を書けば、
>自分なりに氷解しているけども、氷解が正解とは限らないわけで、
ちょっと引っ掛かっている、気になっている、関心がある、
まだ、完全には問題がクリアになっていない状態・・これを「問題意識がある」という(無常感の私見)
・・ということなんですね。
本当は「完全に分かる」なんてことはありえないのに、
簡単に「分かった」と思ってしまう・・それが「バ●の壁」なんじゃないでしょうか。
受験なんてまさしくそうじゃないですか・・「簡単に分かった(解がある)と思う」世界ですよ。
私自身の経験ですが、大学入学後、世のなかには「解が無い」という思いが、
不安につながって情緒不安定になった時期があります。
「解が無い」なんて当たり前のことですが、大学受験を真剣に1~2年も取り組むと
どうしても、そうなっちゃうわけです。
でも、高校2年くらいからだと、受験に取り組む前にある程度自我が育っているから、
「ああ、そうだった・・思い出した・・受験なんてちょっとおかしな時期
(「解がある」と無理やりに思い込む)だけど、割り切って取り組んだのだ」・・と我に返れるわけです。
一方、9歳から塾通い・・児童期から「簡単に分かった(解がある)と思う世界」・・
これってどうなんだろう・・と強い疑問を感じるわけです。
やるのなら、もっと、大人になってからやればいいじゃないですか・・また、極力、短期間の方がいい。
その方が、自然の摂理(人間の成長)に適っていると思います。
私的には・・
どれだけ「分かった」つもりでも、それは便法(とりあえずの正解)に過ぎない。
永遠に「分かる」ことなんてありえないけど、
「分かる」ように努力をする(問題意識をもって取り組む)・・これが「生きる」ということである
・・という考えなんですが、これって、受験では出て来ない発想だと思います。
枕流漱石さん
>ほらね~だから、空回りするんですよ~
内向的な作業と!!!!!!!!!!?
内に向かって問題意識を持つこと!!!!!!!!!?
私は、同義で遣っていませんよ。
無常感さんの読解の狡さだと感じますよ。
「読解の狡さ」・・というか、私も、同義でつかってませんよ。
枕流漱石さんのなかで、「内向的な」「内に向かって」がシンクロしちゃっただけですよ。
私は、「内向的な作業」(無常感)と、「内に向かって問題意識」(枕流漱石さん)
を違う意味で、使っています。
そもそも、私には「内に向かって問題意識」(枕流漱石さん)・・と、
問題意識を「外に向かって」「内に向かって」と分ける理由がよく分からないです。
繰り返しますが、枕流漱石さんが言う「内に向かって問題意識」というのは、
「内省」のことなんでしょう?・・とお聞きしているわけです。
「内省」ということであれば、
>関係あると思いますよ・・受験勉強に議論は要が無いですよね・・とても内向的な作業です。 こんなの9歳からやって、どうなのか?・・と疑問があります。(無常感)
これを整理すると
受験勉強というのは、(議論ではなく「解がある」と覚え込む)内向的な作業であって、
これを9歳からやるのは、「内省」の気持ちを育むという点で疑問を感じる
・・といったことになります。
「開成の学生は世界一、ハーバードよりも優秀」って自慢なのだろうけど、
http://toyokeizai.net/articles/-/11766?page=4
「ところが東大を卒業してみると、米国エリート大学と渡り合うほどの人材育成が行われていないように思えます。
唯一と言っていいかもしれませんが、開成生の弱点がそこでしょう。」
ここが評価の全てだってことをこの校長さんはわかってないね。
「なぜ東大生は米国エリート大学生に勝てないか
中高時代と唯一違うのが「大学受験」という重しがないということだけです。おまけに単位は米国の大学と違って簡単にとれる。資格の取得などのインセンティブが無ければ勉強には目が向きにくいのが現状です。」
って、試験がなければ勉強しないって、受け身の勉強しかできなくなってしまったということなのだが。






























