アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
遺伝さん
超のつく素人で申し訳ないのですけれど、
大学院とはMBAですか?
京都では理系経済には、数C…確率のみ…が課せられます。
文系には、地歴から1。
東大は、地歴から1のみ。
文ⅠやⅡでは、海外の大学院が遠いってことでしょうか。
東大に絞れば、学校によっては、数Cは選択しないことになるでしょうし。
門外漢で分からないのですけれど、興味があるのです。
純粋な経済と、経営も、違いがあるようにも思いますし。
無常感さん
私にとって、議論とは、何か、その先に目的があるのです。
よりよいものを作っていくためのもの。
そこには、接点や交点があって、その摩擦で何かが生まれます。
無常感さんの「議論」は、私の脳内辞書では、討論とかディベートという語句となります。
枕流漱石さん
>大学院とはMBAですか?
MBAの人もいました。
でもMBAなら、早稲田や慶應や立教の経済卒とかの人も、
名門校を普通に修了していますよ。
>文ⅠやⅡでは、海外の大学院が遠いってことでしょうか。
それは専攻によるのではないでしょうか。
また数学の勉強にあてる時間が取れれば、
東大に入れる学力のある人ならまず問題ないのでは。
私の知っている人たちの場合、米国の大学院で勉強する上での
英語力に難があったせいで、明日の授業の下調べやレポートに追われ、
あさっての数学がおろそかになってしまったとのこと。
数学的センスや能力に問題がありそうな人もいる気はしていますが、
本人の弁としては、数学の新たな分野を勉強する時間が取れなかったという話です。
ちなみに、数学必須の経済の分野が専門のうちの主人の米国時代の同窓生には、
東大文系学部卒の方は普通にいます。あとは一ツ橋とか。
逆に数学科卒の人もいます。
が、昔の話なので、現在の話はわかりません。
経済がらみのところって、流行とかありそうだし。
でも思うんですが、留学だけの問題なら、
留学が決まってから必要なようであれば、
数学の新たな分野に関して自学しておけばいいのでは。もちろん日本で。
心配なら、個別塾のようなところに行くなどしてもいいかも。
全く知らなかったりウロ覚えのことを、大プレッシャーのなか、
イマイチ聞き取れないし使いこなせていない英語で、
なんとかやらなくちゃーーーな状態だったから、
ドツボにはまってしまったという感じのようなので。
遺伝さん
ありがとうございます。
>>英語力に難
>>数学の新たな分野を勉強する時間
というのがキーポイントのような気がしました。
大学受験で無理をして数学をしなくても、その後の努力でカバーできるのか、
既にその段階で、ある程度を齧っておかねばならないのか、
というのは、前者でいけるかもしれない。
しかし、高校一年の段階で、文系・理系、国立・私立志望に分かれ、
それぞれの受験に特化した勉強方法を取るようなカリキュラムで訓練したのでは、
>>数学的センスや能力に問題がありそうな人
に成長してしまう危惧もあります。
また、リスニングがない、論文入試がある、という京大経済の育てたい人材は何だろうという不思議(面白味)にもぶち当たる。
以前、遺伝さんが、「教育はサービスだ」とおっしゃった言葉が頭から離れなくて、
最近は、確かにそうだ、と思うようになりました。
どんな層に、どんなサービスを提供するのか。
塾のような学校が存在することは自由でしょう。
価値がある、ない、というのではなく、価値を見出すか、否か、
そんな学校を選ぶか、選ばないか、も自由だから。
それに、塾にはない、学校の複雑な機能は、今なお、残っています。
しかし、塾にいく、にしても、塾のような学校にいく、にしても、いかないにしても、その先をどこらへんにもっていくか、そこに意識を持たせるような教育があって然るべきかと思う。
教育は、時代の流れによって変わるべき部分と、
変わってはいけない(不易)の部分があるべきと考えるので。
9歳からの受験勉強への問題意識と、
中高一貫校の変貌を突き詰めると、
公立不信、多くは学力的なもの、と、
最終学歴への執着、日本の大学の順位に拘る価値観、となり、
大学入試について調べるようになりました。
中高一貫校へのアプローチの仕方、
その後の6年間の過ごし方、
見直した方が良いと思われる部分も多いと思うのだが、、
それは、最終的に大学入試の在り方に問題が生じ始めているからか?
という問題意識??が芽生えてきたこの頃です。
電車のなかで、ウロ覚えで書きますが・・
経済学で必要な数学というのは、
たとえばミクロでいえば、直感的に理解される「限界効用逓減の法則」・・これを数学で表現できるか、そこから始まります。
一杯目のビールは美味しいけれど、二杯目、三杯目・・になるにしたがい、美味しさ(効用)は落ちていく・・そのようなことです。
効用をU(縦軸)、消費量をq(横軸)の関数だとしたら、原点から始まる上に凸性の曲線になる。その凸性は微分することで証明される。そして、この凸性があとあと重要なキーとなってくる。
商品が1財の場合だけではなく、2財の場合・・q1、q2 の場合でも、Uとq1、Uとq2の関係では「限界効用逓減の法則」が成り立つ。
問題は、q1とq2の関係・・これがどんな曲線になるのか。Uとq1、Uとq2の関係が上に凸性であることの関係かは、下に凸の曲線になります。これを無差別曲線といいます。無差別曲線が下に凸性である・・これが重要な意味をもちます。
2財の価格をp1、p2、一定の予算Yに対して、Y=p1q1+p2q2 という q1のq2の一次関数になります。これを予算制約式といいます。
下に凸性の無差別曲線と予算制約式は、たった1点で接する・・ここが、最大の効用の地点です。
つまり、最大の効用を実現するための価格と消費量は一義的に決定されます。
以上は、経済学の初歩的なことですが、
数学が出来ないで、理解出来ますか?
ということです。
以上、書きました経済学の初歩中の初歩でさえ、微分、一次関数、三次空間、接点・・こういったことへの理解が必要で、これが2財より多くなると多変数関数となり、代数的に証明しようとすると、行列式が必要になります。
経済学部入試に、数学が有るか、無いか、
なんて、浅薄なことであって、
目的をもった議論というのは、
経済学で必要な数学とは何か?
その素養をどのように入試で確認するのか?
・・これですよ。
本質とはそういうものではないか・・と私は考えます。
以上の知識は、うん十年前のウロ覚えです。
ちなみに、銀行の仕事にあまり役に立ちません。
その程度のことはカッコなんてつけないで、直感で十分です。
だから、経済学なんて意味があるのか?
法律と違って役に立たない・・
そう言われる所以です。






























