充実した教育環境の日大付属高校
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
動機さま
私に直接紹介してくださったわけではないのですが、話の流れでご紹介くださったので、興味をもちました。ありがとうございました。
『楢山節考』
プチ自慢していいですか?
中学校の時、この本の読書感想文で、都の賞を頂きました。
私にも、子どもに背負われていく日がくるように思います。
山にではなく・・・ですが。
>中学校の時、この本の読書感想文で、都の賞を頂きました。
おおっ・・・・・これはすごい。 やはり既に読んでらっしゃいましたね。
子供に背負われていく母親がなんとも凛としていて・・・・・なんというんでしょうか村の掟や定めを淡々と受け入れる姿、決して未練がましくじたばたしない姿に「学歴やら教養とは関係ない気高さ」を感じました。
ぐだぐだ理屈を並べられるよりもある人の立ち居振る舞いが周囲を納得させてしまうという事は本当ですよね。 それが別スレでどなかが書いていた「徳」でしょうか。
昔の人は学歴はなくとも・・・・・・「弱い者いじめするな」とか「ならぬことはならぬ」という倫理観をしっかり子供に教えてくれました。
スサノウと『楢山節考』
が揃ったので、普段から、いろいろと思うところのあったことを。
夫は三人兄弟で、故郷で就職した弟が義父母の世話をすることが暗黙の了解のようになっていますが、夫の気持ちは分かりません。
私は、一人っ子なので、両親の面倒を仕事の合間に見ています。ヘルパーさんの協力を得ながら。
子どもは三人ですが、一人は海外、一人はたぶん地方に出る様子、最後の一人は結婚によって環境が変わるでしょう。
私たち夫婦は、二人きりになったら、施設に入る覚悟をしています。
実際に、義祖父は、最後を施設で迎えました。
そこで。
最近は介護職に外国人就労者の方が多く就くようになってきました。
試験でも、漢字には振り仮名をふることになって、受け入れを積極的にする傾向があります。
介護職に関わらずではありますが、
外国人就労者の増加、積極的な獲得について何か考えることがありましたら教えてください。
これは、中受ともちょっと関連があるかな~と思っています。
スサノウさん~~~
ご覧になっていらしたらまたご意見お聞かせください。
能力不足で議論は出来そうもありませんが、絶対に遠い未来のこと、他人事ではありませんよ。
枕流漱石さん
「其れ恕か」ですね。
論語など詳しく知りませんでしたが、昨年たまたま「其れ恕か」の話を聞きました。
私はこれを子どもに教え、守ったために痛い目に遭いました。
子育ては難しいです~。
溜息さん、ありがとう。5文字は短い…。
楢山節考、昔映画を見ました。何かの同時上映だったのかしら。
そのもっと昔にうば捨て山も読んでいました。
山道を背負って歩く姿は、目に焼き付いています。
私自身は山でもいいよと思っています。
山がいい…かもしれません。
外国人就労者の増加、積極的な獲得について、
やむを得ない状況もあるのでしょうけれども、
少し考え直してもらえないものだろうかと思います。
いわゆるやりたがらない仕事を頼む場合は、奴隷みたいなものでしょう。
いわゆるエリート的な力を求める仕事の場合は、
近い将来、もう日本企業ではなくなるでしょう。
一体何がしたいんだと思います。
この間、新聞にも載っていました。
民間企業であっても、以前は士魂商才だったけれども、今は商魂商才と。
ここまで来ました。アメリカは本当に巧みで、感心します。
そのアメリカも結構商魂商才がすぎて、困っていますね。
少しずつ変わってくるかもしれません。間に合えばいいのですが。
最近古事記がはやっているそうですね。絵本も人気があるとか。
私も今度本屋さんで見てみようかなと思っています。
平成バージョンは、スサノオが岩戸かしら?
スサノヲが正しかったかしら?少なくともスサノウはおかしいですね。すみません。
平成版古事記は、スサノヲが岩戸に引きこもりですか?では、こちらで踊るしかありませんね。
己の欲せざる所、人に施すこと勿かれ、で痛い目に遭いましたか?
それを実行した弱点さんが、お子さんから痛い目に?
はたまた、それを教えたお子さんが、他者から痛い目に?
後者であれば、より辛いですね。
>>いわゆるやりたがらない仕事を頼む場合は、奴隷みたいなものでしょう。
これは、私はそうは思わないのです。
なぜなら、外国人就労者は経済的な恩恵を得るからです。
私が、問題だと思っていることの一つのは、日本人の就活事情が厳しいにも関わらず、
「いわゆるやりたがらない仕事」が存在し、それを外国人に頼み、
日本人の未就労者が相変わらず存在するということです。
>>アメリカは本当に巧みで、感心します。
これは、グローバル化への信仰のようなものではないでしょうか。
グローバル化は、画一的な価値観で世界を包括しようとする動きとしか思えません。
アメリカ化ですね。多様性を理解し、協力するための、教養、リベラルアーツであるはずだと思う訳ですが。
動機さま
>>昔の人は学歴はなくとも・・・・・・「弱い者いじめするな」とか「ならぬことはならぬ」という倫理観をしっかり子供に教えてくれました。
この倫理観、今の日本は、何に基づいて教育される、或いは、学習されるのでしょう?
我々、日本人は、多様性の波に押され、「倫理観」という言葉すら忘れてしまっていませんか。
顰蹙を買うことを承知で言いますが、
親より先に死なない、その一点でも、戦争もなく(私は、動機さまと言葉も交わせないほどの平和論者でもありますが。)病気もないのに、守れない事情が存在する、守れない人が存在する、それが信じられません。
ムラ社会から、個の社会になっちゃいましたからね…。
昔の倫理観も、ならぬならぬ系に関していえば、
もともとは自分と自分の一族を守るための教えのウエイトが大きかったような。
弱いものをいじめたり、ご近所の誰かに迷惑をかけたら、
田植えも稲刈りも手伝ってもらえない。
村八分になれば、自分の畑が不作になったら、
作物はもちろん種も分けてもらえない。的な…。
発端は、他者への思いやりよりも、自分の利益。
でもこれが、結局は、皆の利益につながっていった。
現代は、農耕的なムラ社会でなくなり、
教育勅語はもちろんそれ的なものは一切NG。
宗教教育になじんでいる人は少ないし。公立ではほとんどやらないし。
で、洗脳も考えることも少ないため、人間の本能にあっさりと準じ、
極めて利己的な思想がはびこった社会になっているように感じます。
現代では、倫理観は、日本全国の共通概念を大上段から教えこまれるのではなく、
個に委ねられている状態ですから。
そうなると、子供のうちは、基本的に親の倫理観を引き継ぐ。
親に恵まれない場合、毎日を過ごす中で場当たり的に、
必要に応じて身につけるしかない。
個人毎に差が出るし、個のなかでもむらになりやすいかなと。
大阪の高校で、例の顧問留任の嘆願書を出したという話がありましたが、
これって…?
確かに、一生懸命やってきたのに、
予定を狂わされたお子さまは本当にお気の毒です。
でも、でもねえ、、、、と思ってしまう。
確かにタイミングは悪かったけど、
100%純粋なとばっちり とは、決していえないもの。
新たな顧問のもと、再び頑張れるといいなと思っています。
大学や就職先のご紹介というニンジンがぶら下がっていなくても。
んーーーー、読み返したら微妙に意味不明のところが気になるけど、
今日は直す余裕なし。仕事に戻ります。






























