充実した教育環境の日大付属高校
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
動機さんがおっしゃること、まさに私の申したいことです。戦後復興の日本は、自由と平等の精神に満ちあふれていたのではないでしょうか。
落ち着いた社会・・これとは違いますね。
復興の日本は、全然、落ち着いてないです。
生き生きとハネていたのではないでしょうか。
梅ちゃん先生がウケたのは、その時代へのノスタルジーですね。
>>閉塞的社会では、既得権益が人権を凌駕するから!!! (あひゃ~さん)
これを破壊し、
>>「目の前にやるべきことが見える」「努力しただけの成果が顕われる」時代(動機さん)
に人工的にもっていく。しかも、
>>大量に人が死んだ直後の時代か???(あひゃ~さん)
という方法でなければ、
>>1:ハイテクノロジー(テクノフロンティア)!!!
>>2:月から宇宙へ(スペースフロンティア)!!! (あひゃ~さん)
しかない?結構たいへんですよね。(戦争を繰り返せば、過去のように、簡単に手に入るかもしれませんが。鍵の強固化は逆に対立を深めると思っています。)
>>この支配からの卒業(尾崎豊)
という言葉が大好きですが、支配って、いろんな意味があると思うけれど、
心が自由になる、そんな生き方や教育が存在しないのだろうか?
観念論的だけれど。
弱点さんがおっしゃってた
0か100ではなくて、どこかに上手な着地点があるなら、
空想的平和主義者から脱却できるかもしれない。
私には、連帯という覚悟、がまったく備わっていない。
丸腰で撃たれるのと、
武器を持った上で撃たれるのと、
その違いが分からない。
対エイリアンは、グローバル的に利害が一致すると思われる。
しかし、対峙の方法論は割れ、利害関係が変化し、人類間の闘争となり自滅。
人類って、そう考えると、自分の、或いは、自分の子どもの、人生、
という狭い範囲しか見えない生き物かも。そこが幸せならそれでいい、のかも。
手足をもぎ取られたのに、
そこに義手や義足をつけ、
もぎ取った相手の為に働くこともある。
これがグローバル化か?
湾岸戦争の時に何が正義か分からなくなった。
動機さま
私の祖父は軍人だった。ネットにも載っている。
戦後の家族の人生は悲惨だった。
マイナスから今を築いたのだと思う。
だから、空想的、平和論者であることを許してほしい。
逆に、上手な自衛の方法を教えてください。国の取るべき姿勢を。
この支配からの卒業・・
まずは、
私たちは、「何の」支配を受けているのか・・
そこを自覚することなのかもしれません。
国家、会社、学校・・私たちを精神的に
抑圧する権力は、いろいろありますが、
見えない権力
というものがあると思うのですね。
「このように生きなければならない」
そういった社会の暗黙のお作法が、
個人を抑圧していないか・・
学歴があって、金があり、
たくさん消費できなきゃ幸せとは
言えないという錯誤・・
そういう「支配」からは卒業したいですね。
日本で、戦争なんか起きて欲しくない・・
ほとんどの人がそうですよ。
じゃあ、戦争を起こさないために、
どうするか?・・
① 武装したら、戦争が起こる
② 戦争を興さないために、武装する
この対立は、どうなんでしょうか。
①は、非武装中立ですね。
これは、自衛OKだし、②が正しいということで
よろしいのですよね。
問題は、集団的自衛権ですね。
③ 集団的自衛権は、OK
④ 集団的自衛権は、NO
政府見解は、④ですね。
だけども、中国の脅威からアメリカとの関係を重視し、
世相は、③に傾きつつある。
論点は、③ですね。
集団的自衛権を認めるか、否かです。
①の非武装中立ではありません。
丸腰で撃たれるのと、武器をもったうえで撃たれるのが、
何が違うか・・ですが、
撃たれるの主語が個人なら、何も違いません。
個人は、撃たれて死ぬだけです。
でも、撃たれるの主語が日本国家だったら、
それは困りますよね。
自分のためにではなく子孫のために、日本国家には
武装しておいて欲しいです。
介護の外国人参入についてですが、
私もとても疑問に思っています。
自民党は、人からコンクリートにお金をかけていますが、
(生活保護を減らした)
生活保護者や、二―トと呼ばれている人々が増えている中
外国人に介護という分野にお金を投入するというのはどうなのでしょうか。
それから、介護という仕事は、自分自身もそしてその家族もかかわっていく
んですよね。これから日本は高齢者だらけになります。
決して客観的にみていられる状態ではないわけです。
さらに、ヘルパー2級の資格は、介護職員初任者研修に名前を変えて
講習の内容が変更され、取得費用が高くなります。(約5万円)
そして講習の最後には今まで課せられなかった試験があります。
介護の仕事は低賃金、重労働です。
それゆえに外国人に間口を広げるっていうのは
疑問です。
日本は、戦争に懲りているはずですよね。
もう二度とあの悲惨な殺し合いを日本国の名前とともに行ってはいけないと
思います。
小学校教育で、戦争の悲惨さ殺し合いの惨状写真を
視覚で教えるというのもよいのではないかと思います。
理屈を超えていかに虚しいか理解できるかもしれません。






























