アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
>正当化できるんですなんて意識は出てきようがないと思うんです。謙虚じゃないと感じるんですよ。そういう努力はしているけど子供は自分の原罪から自由ではあり様がない、だから自分のやってることを正当化なんてとてもできない、という姿勢。親が子を導けるとすれば、こういう謙虚な姿勢を保持することによって、しかないんじゃないですか?自分の立場の正当化はそれと逆方向だと感じます。
ここも、すごく雑だなあ(笑)・・
私は、「自分を正当化する」なんて一言も言ってませんよ。
私が書いたのは、「子供に自己決定させて責任をとらせる」・そう申した次第。
そうしないと、子供が成長しないからです。
私は、子供に責任をとらせる・・そういう意識をもたせることが、親の責任と考えます。
これを、「親が自分を正当化する」と読むのは、傍観者さん流の「飛躍」です。
>他人批判の点はついにお分かりいただけなかったというか、分かろうとして貰えなかったですが、主観的には純粋に制度、組織批判のつもりでも、その制度、組織にいる人にとっては個人批判となり得る、少なくともそう取られた場合自分に非があるかもしれないという意識は持っている必要があると思ってます。自分にとっては原罪の話とこの問題は、謙虚さが必要という点で共通する部分があります。それを、既に述べたとおり個人的には私学に関係のない自分も含めて、そう取るのは相手が私学ファンだからに違いない、そうでなければ自分を叩く理由がない、と言うので、これも議論が成立する余地がない、謙虚さを捨てていえば、話にならないと思ったわけです。
「他人批判」「個人批判」という言葉を、テクニカルワードで使ってますけど・・これも雑ですね。
じゃあ、あれですね・・
傍観者さん流に言えば、文科省サイトも「他人批判」「個人批判」しているわけですね。
謙虚さが足りなくないですか?・・
弱点氏の質問に対応させて頂いまでで、あなたに対して発したものではないのでわざわざ分析し、こうではないのかと語りかけて頂かなくて結構です。そもそも「原罪のようなもの」と言っているとおり、厳密なキリスト教的な意味で使っているわけではなく、また学歴のこと最後に書いたとおり一部に過ぎません。
無常感氏にお聞きしたかったのは、親の生き様(学歴もその一部)が子供に影響するのは避けられないこと、従い子供が自分で決定したというのは全面的には真実ではないということ、それゆえ子供が決めたということで自分を正当化することはできないだろう、という部分についての考えでしたが、おっしゃるであろうことはもうだいたい予想できるので、今となってはもう結構です。
>弱点氏の質問に対応させて頂いまでで、あなたに対して発したものではないのでわざわざ分析し、こうではないのかと語りかけて頂かなくて結構です。そもそも「原罪のようなもの」と言っているとおり、厳密なキリスト教的な意味で使っているわけではなく、また学歴のこと最後に書いたとおり一部に過ぎません。
またまた、雑なことを言いますね(笑)
弱点さんへの回答というか・・
傍観者さんのレスは、
>無常感は、オレが言った「原罪」という意味を分かっていると言っていたが、
全然、分かったいなかったんだな・・ワハハハハ・・
的な文章だったわけですよ。(そのように読めますが・・)・・だから解説しているだけです。
>厳密なキリスト教的な意味で使っているわけではなく
・・というか、単なる「比喩」ですよ・・ワカル?(傍観者さんのマネです・・これって謙虚ですか?)
>無常感氏にお聞きしたかったのは、親の生き様(学歴もその一部)が子供に影響するのは避けられないこと、従い子供が自分で決定したというのは全面的には真実ではないということ、それゆえ子供が決めたということで自分を正当化することはできないだろう、という部分についての考えでしたが、おっしゃるであろうことはもうだいたい予想できるので、今となってはもう結構です。
これも雑なんですが・・
>親の生き様(学歴もその一部)が子供に影響するのは避けられないこと
そんなの当たり前ですよね。
>子供が自分で決定したというのは全面的には真実ではないということ
「全面的に」・・という言葉は、だいたい逃げるときに使うのですが(笑)・・
じゃあ、「全面的に真実」の「自己決定」というのは、どんな場合がありますか?
大人だったら、全面的に真実の自己決定が出来るのでしょうか?
>子供が決めたということで自分を正当化
だから・・正当化してませんがな(笑)
傍観者さん
弱点さんのこのフレーズをもう一度読んでくださいね。
>掲示板の相手に対して丁寧に対応するは、そのとおりだと思います。
ただ、相手も丁寧に対応しないと、なかなか難しいんですよね。
丁寧に対応しきれる人だけが、丁寧に対応しろと言えるんじゃないかしら。 (弱点さん)
たとえば、傍観者さん制作の「比喩」を、ワカル?・・と言われても他人は困るわけです。
他人が分かるかどうかは、あなたの「比喩」の出来具合次第ですよ。
とおりすがれんさん
>とおりすがれんは、子供でも、自身で私学を選ぶ傾向があるだろうなぁ、と思うのです。
ですが、大学受験だけをターゲットに行動する人間ばかりではありません。
職業選択上の理由からも、いろいろな偏向はあると思います。
基本的なスタンスに多少の変容は受忍してやむを得ない、と思います。
親ではなく、本人が決めることなので、
公立でも、私立でも構わないのですが、私的な感覚からすると、
「自分で決めた」(子供)・・この形が必要なわけで、
「親の言うことを聞いた」(子供)・・これは「親のために行ってやった」(子供)・・
こういう意識をもたれても困るわけですね。
「行ってくれとお願いした覚えはない。自分の希望だったんだろう・・違うのかい。」(親)
このような関係でありたいわけですね。
ほっとけさんの
>なおさら、全容認(=個別の意思を理解もせずに、
>この子の選んだ意思ならと何でも容認)するのは、親としては無責任すぎ。
・・なんですが、
傍観者さんの
>従い子供が自分で決定したというのは全面的には真実ではないということ
・・これと同じなんですね。
弱点さんが
>なぜ「全」とか「すべて」にを付けるのでしょうか。
・・とおっしゃていることは、そのとおりなんですよね。
「全」とか「すべて」とか・・現実的にはあり得ないのだから
それにひもづけして、○○だ!とか、○○ではない!と言っても、仕方無いわけです。





























