在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
「凋落した名門校」と「躍進した無名校」
栄枯盛衰とはよく言ったものですね。
子供の受験で再び中学校や高校の評判を耳にする機会が多くなりました。
渋幕、渋渋、栄東、開智、広尾学園なんて自分の学生時代には、存在しなかったり、別な名前の学校だったりで、志望校の対象として声を聴くこともありませんでしたし、話題にのぼることもありませんでした。(卒業生・在校生の方ごめんなさい)
かつては、東大や一流大学に多くの合格者を誇っていた、武蔵、桐朋、桐蔭学園などと言った名門校が、凋落したとか言われ、精彩を欠いていることに、その隆盛を誇った時代を知る者にとっては一抹の寂しさを感じます。
もちろん、進学実績のみので、学校の良し悪しが決まるわけではありませんが、子供に自分の受験時代の頃の感覚で、受験を勧める学校があっても、嫌がられたり、子供が口にする学校に、親である自分がついていけなかったり、納得できなかったり、世代の差を感じています。
躍進した学校は、経営努力があり、時代の波にも上手く乗ることができ、今日を築いたのでしょうから、先生方のご努力には頭が下がります。
エデュをご覧の親御さん達は、そのようなことをお感じになられた方はいらっしゃいませんか。
武蔵の「自調自考」は1922年創立の最初の入学式で語られたところから始まってるらしいですよ。
渋渋の「自調自考」は1980年代に進学校として学校経営刷新する際に麻布出身の校長先生が掲げられたそうです。
この校長先生は「麻布の共学版」を目指されたそうです。
日本学園のように歴史の表舞台から消えて新しいステージを迎える学校もありますが、御三家の御三家たる存在価値は進学実績だけでは無いです。
「東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物」
「世界に雄飛するにたえる人物」
「自ら調べ自ら考える力ある人物」
が「武蔵の三理想」ということですね。
武蔵OBの友達は皆、学術・政治・財界、こんな理想に近い人が多いのは印象的ですね。
でもまあ渋谷学園両校や最近の広尾学園系の学校も10年、15年くらい先には同じように評価されるようになるかも知れませんね。
武蔵のホームページみればことさら「自調自考」の四字の印象づけなんかしてないって内容。
「自ら調べ 自ら考える」なんて大昔から使ってるし。
普通に建学の理念「三理想」が語られてる。
武蔵が渋渋の真似事してる体じゃないと都合悪いのかね?




































