女子美の中高大連携授業
2020年度新共通試験
大学入試改革を議論している中央教育審議会は大学センター試験に代わり、
知識の活用力をみる新共通試験を導入するよう下村文部科学相に答申した。
現行の入試が知識偏重に陥っていると指摘。受験生の能力を多面的に評価
する手法に抜本改革し、大学の個別試験も面接や小論文などによる選抜に
変えることを求めた。
全国有数の進学校、私立灘中・高校(神戸市)の和田孫博校長は「本当に
実現するのか」と答申に首をかしげる。
大学入試センター試験に代わる大学入学希望者学力評価テスト(仮称)は
記述式解答の問題を含み、年複数回実施する想定だ。
和田校長は「複雑な問題作成や採点をどうするのかという道筋が見えない」
としたうえで「導入までのスケジュールが狂えば、影響は大きい」と話す。
【駿台予備学校石原賢一進学情報センタ長ーの話】
中教審の答申が示した新テストは競争試験であることに変わりはなく、
出題内容や実施方法、国の情報公開のあり方によっては、対応できる高校
とできない高校の間で成績に格差が生じかねない。都心の高校は対策を考
え始めているが、地方では情報が正確に伝わっておらず反応が鈍い。
入試改革に合わせた授業内容も見直しや教員研修など高校が取るべき対応
策は多く、現在の小学6年生を対象とするなら急ぐ必要がある。
受験生、中学・高校の教員、大学側の教員・試験スタッフも対応できるか
が疑問だ。ますます学校の序列が加速し、受験戦争が熾烈になるのが気掛
かりだ。学校序列も様変わりし、生きの残りで淘汰されるのでは・・・。
果たしてどこの中学・高校、大学がスポットライトを浴びることになるの
か???皆さんはどう思いますか?
うちの子、この制度で受験になるみたいなんですが、全く理解不能です。
ど~いうことですかな?
国をあげて、国公立大学の指定校推薦枠を、
SSHとか何とかいう優遇されてる高校に多めに与えてくれると
いうものなんですか?
それとも、関西でいう五木テストみたいなのを高校の間に何回か受けさせて、
その平均と訳のわからん活動実績とか加えて推薦してくれるとか?
これってそもそもが悠仁様をお茶大だか東大に入れる為に、
国民にもついでに考えてくれたってあの制度のことですか?
底辺校の子はこの新試験を受けて基準に満たなかったら、
早い段階で見切られて、それでおしまいですか。
今までなら卒業の際まで優秀な人でもセンター待ちで
進学先が決まっていなかったのに、高校生活も半ばにもうブルーですか?
で、その新試験で先に何割程、埋めてしまうんでしょうか?
クラブ代わりにバイトして家計助けてた子の評価はなしですか?
その新試験で決めてしまう為の最も有利な方法とは、
SSHに現役で在籍していてクラブや生徒会で活躍するんですか?
公立高校に行く為に内申取ろうぜみたいな感じですね、それでしたら。
そんなこと、国公立大学の試験で高校生にもなってさせるなんて全く!
低辺校でも優秀校でも現役の時イマイチで、
というより高校にすら行ってなかったりした人が、
ある機会に一念発起でセンター試験に向けて頑張ってましたが、
それはもうあきませんか?
大検で受験しようとする諸事情で高校へ行ってない人は不利ですか?
新試験で一次に受かったのに面接と小論文で落ちたら、
私、不細工やったからや~って悩みませんか?
ところでこれに散々言われてきた9月入学制度は全く絡んでこないんでしょうか?
首相が一発勝負はどうもなんて雰囲気で言ってましたが、
ストッパー飲んでも無理だったなら、
また来年にかけるしかない今までの制度の方がよっぽど公平やったと
思いますけど。
要するに、その新試験というのは国公立大学に推薦で早く決まる為の
何回かに分けた試験って解釈でいいんでしょうか?
まさか高校によって偏差値が違うからって、
灘高には推薦枠を多くするんじゃないでしょうね!
自分で作った部員が3人のクラブの部長と副部長でも活動実績に得ですか?
オリンピックに出るような人は新試験がわやでも
ついに国公立大学に行けるんですか?
とにかく、誰の為になんでこんなおかしな試験に変えるのか分かりません。
う~ん、むしろ高校の調査書は、難関校には不利になるかもしれない。
2番手校では上位の成績でも、難関校で中位になるだろうから。
評価基準がどうなるか、によるので一概には言えないが。
中教審の提言を受けた作業部会では、各大学の2次試験への導入を前提として、
・高校の調査書の評価方法
・面接と集団討論の評価方法
を今後検討する予定。
恥ずかしながら、某巨大掲示板から2つの意見を引用させていただきます
この入試改革のおかしいところは、国立大学全体に足並みを揃えて大規模な改革実行を要求している事だ。
改革が吉と出るか凶と出るかわからない今とるべき行動は、極一部の大学だけで実験的に改革して何か問題が発生しないか確かめる事の筈なのに、その過程を飛ばしている。
今の状況で全国均一に大規模な改革を要求するのは、リスクが高すぎる。
明らかに、本来行うべき過程を省かれている。
今まで経験の無い改革を国中で行う事のリスクが過小評価されている。
この入試改革で何か重大な問題が生じた場合誰が責任を取るんだ?
これまでの日本の偏差値主義の受験文化は優れたシステムだと思っている。
予備校が、模試の偏差値から身の丈に合った国立大学を判定してくれるので
模試で良い結果を出す努力さえすれば、誰でも安心して、国立大学に挑むことができ
経済的に恵まれない生徒にも優しい優れた受験システムだと思う。
受験に人物評価とか得体の知れない概念を導入して上記のような優れた受験システムを壊さないで欲しい。
2つの意見に全く同意します
地方の方のご心配はもっともだと思います。このスレには早慶有利で話をすすめたい方がいるので、かなり偏りがあるかもしれません。
我が子は多分、この新制度下で有利な学校に通ってますがちっとも嬉しくありませんね。
まさにゆとり教育の傷も癒えていない今、この改革では日本の教育は立ち直れないでしょう。
しかし、リスニング試験ひとつまともにできないのにCBT形式の試験は確実なネット環境とPC環境がまず必要で一斉導入はかなり無理があるでしょうし、外部試験の資格で判断といっても、替玉の危険性はかなりありますからね。そんなに簡単ではないですね。
まず財源確保が一番の課題ではないでしょうか?受験生に全て負担させるのか?
そして、国立大の人手不足。
肝心の高校教育が、地方自治体任せで全く国の制御が効かない。
実行するには大した知識がない私が考えただけでも問題点がこんなにあります。
子供の学校も既に新制度に向けて動き出してますが、今の二次試験の姿が大きく変わることはないとふんでます。調査書の類は提出させるでしょうが、果たして参考にできるか?
今の学生の一番近くにいる大学職員からは全く参考にならないのではなからあてにしてないでしょう。
せめて公立の小学校の英語教育が全国でまともに教師に習える環境を用意してからにしてもらたいですね。
新制度のテストもまだ越えなければならないハードルはかなりありますからね。
漁夫の利を得られるのは私立難関大学の附属だけでしょう。
問題なのは今の制度設計をしてる人が16年一貫教育の申し子だからです。
うまく、マスコミ対応もしていますね。
しかしこのまま突破できるかは疑問です。
いろいろ議論はされていますが、大学入試改革をしていかないと、世界の教育の中から取り残されていくという危機感からだと思います。
ハーバードはアメリカの私立大学ですが、白人数は約半分。残りの半分はアジア、アフリカ、ヒスパニックが占めるグローバルな大学ということ。
日本の大学がいくらグローバルな、と叫んでも入試問題は、ほとんど日本語、英語の試験も日本語英語の変換力とか文章読解力主体の問題が多いこと。
留学生枠がメジャーな大学でも別枠で1-2%しかないような状態です。
東大や早慶もなんとか世界から学生をといろいろ考えていますが、早稲田が言う2割は海外からは、いつごろ実現するのかでしょう。
英語を早期からというのも、世界の中で(国内であっても)世界共通語である英語で、いろいろな科目も学んでいけないとこの先日本は取り残されるという危機感でしょう。
時間はすごくかかると思いますが、真のグローバル対応するには、日本だけがよい、日本だけが都合のよい制度というのがもう限界で、少子化にともなう海外からの移入、海外との売り買い、海外とのさらなる交流交遊、おそらく5年後のオリンピック前後から加速していくのではと思います。
EM菌やらの疑似科学と親和性のある人を、非科学大臣ならいざしらず
文部科学大臣にする、というのは悪いジョークとしか思えなかったけど、
その効果がでるようですね。
理系の学問をしたことがない人が、理系に関係する教育カリキュラムをいじるのは、
百害あって一利なしで、曽野○子氏のゆとりのときと同様。
人物性を見る、といったって、できるのは詐欺師としての才能を
コミュ力と見間違えることだけでしょ。
日本の理系がOBKTみたいなのだらけになったらどーするの?
自分にできないことを他人ができるのは許せない、とか、
世間から自分の出身大学より上と思われている大学を
引きずり落とさないと腹の虫がおさまらない、とかいうのが
根底にあるとしか思えない。
大学入試改革をしていかないと、世界の教育の中から取り残されていくという危機感には同意します。
ただ、早稲田や慶應、その他の私立大学のように、独自性を持っていくらでも改革ができる、それによって日本の大学の中で先進的な教育を目指せる立場にある大学が、実際のところほとんどできていない、それほどの成果も挙げられていない、(あるいは試されてもいない)ようなことを、どうして一律にそれも性急に全ての国立大学に強制的に求めようとするのか?(特に二次学力試験の全面的な廃止要請) そこが問題だと思います。
まるで、国立大学全部を実験的に試してみて、ダメなら私立大学があるさ というようなずいぶん乱暴な改革(中味もスケジュールも)だと感じています。
入試だけをいじって米国のマネをしようったって、大学のありかた自体が違いますからね。
米国の一流大学は教授1人1人が自分で資金提供をしてくれる人を集めてきます。つまりその教授の研究に対して民間の企業や個人が資金提供してくれ、額が多ければ多いほど大学での待遇もよろしいわけです。しかし、一時的に良くてもその後相当額減れば容赦なく切られてしまうという厳しい世界でもあるわけですが。
良い悪いの問題ではなく、文化的社会的なバックグラウンドの全く違う米国のマネをして大学入試だけいじっても百害あって一利なしなのは目に見えています。
あのSTAP細胞のバカンティ教授だってこの夏ハーバードを退任しましたね。
STAP細胞が成功すれば一攫千金の金の卵だったわけで、それに(つまりバカンティ教授に)投資した人達がこれまでは沢山いたのが手を引いてしまった人達も多数いたということです。
またToeflを大学入試に導入という話がありますが、Toefl自体はreading,listning,speaking,writingを同じ比重で見る優れた試験ではあるものの、日本の大学入試に使うという点でいくつか問題があると思います。
1つ目の問題は、Toeflには問題文中に米国史や米国文化が出てくるので、英語のみならずこれらの勉強もすることになります。大学入試では『日本史』は選択肢の1つでしかありませんが、英語は必須ですので日本の歴史は知らないけど米国の歴史・文化は精通しているという奇妙な学生も多数輩出することになるでしょう。
2つ目の問題は、これまでの大学入試では受験生は英語の語彙が8000語もあれば良かったのが、Toeflはアカデミックな語彙も含めて1万5000語程度となります。
英語だけで勝負したい生徒にとってはいいでしょうが、科学立国を誇る日本に、中身をスッカラカンにしてでも英語漬けを推奨するようなものです(グローバル化とは単に英語ができれば済む話ではないのです)。
小学校での英語スタートが5年生から3年生になったそうですが、担任の小学教師が教えるそうです。。。
公教育で英語に期待する人はまずいないでしょう。
と言うことで、多くの人達が危惧するように、日本の大学に入るのもカネ次第コネ次第に移行し、それに伴う社会的格差は益々顕著になっていくのはもはや時間の問題でしょう。米国は夢を叶えられる国と思っている人も沢山いるでしょうが、よく米国社会でも『透明な天井』と例えられるように実は努力や実力のみではこの天井は(ないように見えるのですが)越えられません。1%の人が99%の富を持ち、99%の人が1%のパイを分け合う社会です。
皆さん、日本のグローバル化はそこを目指すということでいいんですか?
私の個人的な見解は、日本が世界で生き残っていくのは個々の特性と能力を最大限伸ばしていくこと、そして日本の良さを世界に向けて発信していくこと。英語は単なるツールです。




































