在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
理不尽な校則のある学校
別スレで「しつけに厳しい学校 vs 自由な校風の学校」が立ちました。
個人的には今どき頭髪検査や携帯持ち込み禁止など理不尽な校則のある学校は願い下げです。
男子校・共学・女子校どこでも構いませんが、理不尽な校則がある学校を教えていただけませんか?
理不尽な校則だけどそれには理由があり、生徒や親は納得しているとかでも構いません。厳しい女子校などは逆にそれを好んで入学させる場合もあるかと思います。
ルールというのはマナーの延長上にあり、最低限決めておかないと支障をきたすというごく限られたものであるべきで、校則も変わりないと考えます。
仕方なくそれに従うような理不尽な校則があれば最初から選択しなければよいのでみなさん参考になるはずです。
よろしくお願いします。
防衛大学校は、学校じゃないってことなんですよね、きっと。
なんかリーダーを育てるとかHPに掲げているんですけど・・・。
校則というか規則だらけなんだけどね・・・。
でも入学生は、それを承知で入っているんだよね・・・。
だから、何度も言うようだけど、合わないなら受験しなければいいんじゃないの?
子供が厳しくて病んじゃったら、それは単に学校選択を間違ったってことでしょ?
防衛大はもう本人が志望して決めた大学の話ですから
中受は親の判断がほとんどですからね
子供に決めさせたといってもそこに大人がつくる枠があります。
でも、防衛大ってけっこう途中退学多いことで有名なような??
厳しさはやはり誰でも耐えられるものではないのでしょう
単に学校選択間違えた さっさやめればいいなどみだりに言うものでもないと
思います。
実際なかなか出来ることじゃないし、そういった言葉が追い詰めて
自殺してしまったり悲劇が起きるんだ思っています。
村上春樹が以前、こんなエッセイを書いていた。
彼は高校時代(神戸高校)、制服を廃止しようと教師と生徒に働きかけたことがあった。
それに対する教師側の反対論の中心は「服装が華美になる」というものだった。
村上は「私服にしたからって、みんながみんなお洒落するわけないじゃない。今までどおり制服を着てくる人だっている。制服か私服かを選んだっていいじゃないか」と反論した。
そして「もし華美になって高校生活に支障が起きるようなら、その時はその時でまた考えればいい。起きていない災害のせいで、なぜ僕らは束縛されなければならないのか」とも。
しかしこの働きかけは失敗に終わる。何故か。肝心の生徒の7割が私服化に反対したのだ。
村上はこう結ぶ。
「僕は日本という国を、心の底であまり信用しなくなった(中略)何かことがあったら、どうなるかわからないぞ、といつも肝に銘じている。
この国の七割の人間は心からは自由を求めてはいないんだぞ、と。」
ノーベル賞候補の作家様も、高校時代にはたいして神通力がなかったんだな。
まあ、日本人だけじゃないぜ。多くの人間は「自由」なんて面倒くさい代物は、さっさと片付けておきたいのさ。
ちょっと大雑把に書くけど、ルールを決めるサイドに立つか、ルールを守るサイドに立つかは、この面倒くさい代物を扱えるかどうかにかかってくる。
ルールを決める人間は、自由の本質をつかみ、どういった文脈でそれを制限するかを考えなくちゃいけない。
ルールを守る人間は、「ルールなんだから守りなさい」と言われ「ルールなんだから守らなくちゃ」と考える。
私立だろうと公立だろうと、すべての学生諸君へ、せっかくだから若いうちに、自由と少し戯れてはどうだい?
学校や親が触らせてくれないなら(そして触る気がないなら)、仕方がない、ルールを守るサイドへどうぞお進みください。
そうじゃないなら、嘗めたり噛んだり転がしたり蹴飛ばしたりしてみてごらん。
使い方が難しいらしいが、世界でこいつを自由自在に操っている連中は、過去に何度も何度も失敗している、いわば失敗のプロたちだ。
君たちが失敗したら、したり顔の大人たちが「ほら、言わんこっちゃない」と走り寄って、君たちから取り上げようとするが、少しカケラをポケットに隠し持っておけばいい。
飽きたら棄てちまっても構わないが、うまく使えるようになったら、一生モノの財産だ。
ロングライダーさま
変化を好まない所ってあるんですよね、押し付けられた憲法であっても
改正するのは大変です、ドイツでさえ50回以上なのに日本は0回です。
自由な道を歩きながら観光するのでさえ、後からついていくのが楽だと
誰かについていく、そしてそれは日本人のイメージですね。
村上春樹さんの件はよく知らないのですが「服装が華美になる」との理由
での制服規定が納得いかなかったのかな(私ならそうですね、特に若い頃)、
「服装に気を取られなくて勉学に励みやすい」とか「一着で済む制服のほうが
経済的に大変な家庭にも向いてる」とかの理由だったらそんなにこだわらなかった
かもしれないですね。個人的には自由とかの問題よりその理由が納得できないという
事だったんじゃと思います。
>「僕は日本という国を、心の底であまり信用しなくなった(中略)何かことがあったら、どうなるかわからないぞ、といつも肝に銘じている。
この国の七割の人間は心からは自由を求めてはいないんだぞ、と。」
全く頓珍漢である。
神戸高校は公立高校であり、どちらかというと優秀でも低所得者層の子弟が多く入学する可能性が高い。
ズバリ制服の理由は経済的理由以外にない。衣服というのは家庭の経済力に差が出やすいのだ。公立高校入学者の中にも裕福な家庭もいるだろう。毎日綺麗な服を着る生徒、いつも同じ服しか着れない生徒。勉強しにきているのに家庭の経済力の差を視覚的に見せつけられてはやり切れまい。
学校政策として制服議論を大人がやるならわかるが、教員が生徒にむかって「金の無い家の子に悪いだろ?」とはいえまい。
当時高校生だった村上君が冒頭にあげたように感じるのは仕方ないとしても、これは回想録だとしたらいつの話であろうか。まさか中年のおじさんがこんなことを今だに書いているとは思わないが、自由を求めるなら制服の無い私立に行けばよいだけのことである。笑
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