アートの才能を伸ばす女子教育
国立大附属は「誰でも入れる学校に」有識者会議
文部科学省で、「国立教員養成大学・学部、大学院、附属学校の改革に関する有識者会議」が開催されています。
国立大附属については、筑駒、学芸大附属、筑波大付属を念頭に、「特定の層しか入れない学校」と批判され、共働き家庭なども含めて、だれもが入れる学校にしなければならないとの提言がありました。
現状の国立大附属は「受験校」であるとして、本来の国立大附属の役割とは異なることから、改革が進みそうです。
進学校としての役割は、私立学校や都立学校が担うことになり、国立大附属は、進学校というイメージは消えていくかもしれませんね。
「黒駒 (ID:Ni0N7O062X2)」さん
おや、この時間に書き込みとは、日本に帰ってきたか。
確かに筑駒廃校は無理筋だし、なにしろつまらん。
男子校が悪いというなら、男子校の研究校として残せばいい。
むしろ俺はお茶の水を中高一貫の女子校にしてほしいくらいだ。
だからといってお茶の水が、桜蔭なみのエリート校になるかどうかは知らないし責任持たないしおそらくならない。
ロングさん
ご無沙汰です。
サクッと行ってサクッと帰ってきました。
乗り継ぎの空港で寝てたら危うく乗り過ごすところだった。
空港内に黒駒を呼び出す声が・・・
>むしろ俺はお茶の水を中高一貫の女子校にしてほしいくらいだ。
そうだね。
国立の女子校はあったほうが良いと思う。
個人的には、男女格差がまだまだ残っている今の社会では、別学の方がより良い教育ができると思ってるんだな。
根拠は・・・まあなくはないけど、いろいろだな。
ハハハハ、そのあたりを掘り下げるとうるさいのが出てくるから、まあ不問にしておこう。
ただ、国家としてのエリート教育となると、男子校・女子校・共学校が揃い踏みしていた方が、層が厚くて色合いも違って頼もしい。
どうせエリートなんていったって概念が一枚岩ではないし、アプローチも異なるし、結果的にみんながみんな「がむしゃら」になんか働きやしない。
まあその方が「健全」な国家的エリートという気もするが。
右向け右のエリートさんたちじゃ、おっかないしね。それにどうも我が国はエリートというと、型にはめたがるんだよなあ。
そんな脆いエリート教育なんて、どこがしてるんだろう。と思ってちょっと考えてみると、ああ、戦前の日本はそれに近かったか。
こういうことに関しては、俺のようなちゃらんぽらんよりも、しっかり考えている人が上手くやるだろうと、無責任なロングライダーであった。
目的論的に制度が構築されているから、制度を変えれば世の中良くなるとか、パフォーマンス高くなると考えるのは、結構頭の中お花畑だとは思います。
もし、そんなに完璧に機械的に社会制度構築ができると過程した場合、逆に却って脆弱なものになりそうだとも思います。
>>無知蒙昧さんが出て来なくなった。
そちらにボールがあるのに、なぜノコノコ現れないといけないのですか?
1球お返しになったつもりかもしれませんが、筑波をどう思うかなどお尋ねしてませんので、かみ合う内容でお願いします。
国立大学附属としての要件を満たさなくなった場合に、なぜ私立や都立に移管すべきと仰るのか(公務員である教員は存続するのか、しない場合校風が保たれるのか、保たれないものを存続する意義があるのか 等)と、「モデルとなること」以外を設立意義として言及を避けること、この2点ですからお願いします。
また、訂正すべき発言があったかのような思わせぶりな発言をせず、具体的にここがおかしいとご指摘ください。
以上3点、宜しくお願いします。
仰るところの「ディスカッション」などもう良いのであれば、この限りではありません。何球お持ちだろうと、お気になさらず、スルーして下さい。
自分が気に入らないものを潰すために、あるべき論を振り回すのって、すごく危険だと思うんだよね。文革とか、クメール・ルージュとか、その典型だと思う。あれって、平等を旗印にした知識階級への復讐だから。
国立附属批判をしてる人は、なんか全く同じ匂いかするね。
































