充実した教育環境の日大付属高校
国立大附属は「誰でも入れる学校に」有識者会議
文部科学省で、「国立教員養成大学・学部、大学院、附属学校の改革に関する有識者会議」が開催されています。
国立大附属については、筑駒、学芸大附属、筑波大付属を念頭に、「特定の層しか入れない学校」と批判され、共働き家庭なども含めて、だれもが入れる学校にしなければならないとの提言がありました。
現状の国立大附属は「受験校」であるとして、本来の国立大附属の役割とは異なることから、改革が進みそうです。
進学校としての役割は、私立学校や都立学校が担うことになり、国立大附属は、進学校というイメージは消えていくかもしれませんね。
筑駒の掲げる、社会のトップリーダを育てる教育の実験的実践
偏差値エリートは、リーダーシップや創造性、責任感覚、モラルを欠くとし、
筑駒は、入学してくる生徒の能力や期待に引きずられる形でリーダー養成、エリート形成のカリキュラムや教育活動を実践、とあります。
偏差値エリートを批判する一方で、入学する生徒の能力や期待がリーダー養成、エリート形成に寄与したというあたり、非常に興味深いです。
法的根拠というより、「社会的なコンセンサス」なんだろうね。そういうのは見えづらくなってると思うよ。
ーーー以下引用ーーー
【4635040】 投稿者: なんというか (ID:NSPbvXaVZfg) 投稿日時:17年 07月 07日 13:26
>>法的根拠がないと、国立に女子エリート教育を望んではいけないというのが全く理解できません。
個人の希望と言いつつも、あたかも行政として当然の義務を果たしていないかのように読める部分がありましたので、これまで、ご自身の言わんとするところを確認させていただいた訳ですが、個人の希望でしたら、お好きにどうぞ。
ーーーここまでーーー
まあ、私は最近目にした議論では、NOさんよりはなんというかさんの言説の方が「世の中ある程度は曖昧だけど、ある程度機能してる」という感じがして共感できる。
完璧な制度なんか存在しないよ。だから、女子エリート云々も制度論からアプローチする限り不毛でしょうね。教育のパフォーマンスどう高めていくかという視点が大事で、まあ、その為の「機会」は国立に限らない(と、いうか、存在理由が多義的なので、パフォーマンスだけでは計れない)訳だから、経済力と子供の学力勘案して、最適な環境を与えるべく努力するしかないですよ。
で、その、存在理由が「多義的」であることが、国立附属校の「価値」だと思うけどね。まあ、多義的であることがある程度の国庫負担をすることの理由漬けになっていたんだとも思います。そろそろ厳しい訳だけど、、、
NOさんは女子国立中高一貫校を作ればきっと今の桜蔭のような偏差値エリートが集まるはずであり、そこで桜陰のような教育を行うのではなく筑駒のような多様性尊重の教育をすれば良い、と言っているわけですかね?
どうもその論拠が、なんとなくフラフラしてらっしゃいますよね。
筑駒のような、広い視野で多様性を重んじる教養主義的教育は、「エリート教育」という言葉そのものでなくても、「社会の建設に資する人材」と言った別の言葉で表現されたりしながら、筑駒に限らずお茶でも学附でも筑附でも行われているし、その教育実践や研究の現場に教育関係者が視察、研究、実習に来るということも常時行われている。
そして多くの優秀な人材を輩出している。
国立各校は偏差値のみのエリートは否定し、全人的教育を目指すことではほぼ同じで、あとは細かい各校の校風などはあるものの筑駒が他と何が目立って違うかと言ったら、一校に東大合格者数が集中しているかいないか、はっきり言えばそれ以外にはない。なんで筑駒がそうなっているかというと、中高一貫だから、小学校時点でしのぎを削って少数に絞られた偏差値エリートだけが集まった。ただそれだけ。あそこまでの極端な状態は学校が意図したものでも、研究に必須のものでもない。
その辺の現状は一切認めない、というのがどうもね。
子どもを入れる方からすると、確かに我が家も子どもは女子しかいないので、国立附属校ならではの、まあいわゆるエリート教育を受けさせたいと思ったら筑駒みたいな一貫校はないんだね、ということで、上記の三校のひとつに入れたけど。我が家は共学志望だったから不自由は感じなかった。
逆にエデュの中で筑駒、筑駒と大騒ぎするのも違和感がある。
教育研究の成果を国立校同士で凌ぎを削るのは良いことだけど、筑駒が他と何か本質的に違うわけではない。だいたい教育研究って個々の教科教育の手法や教材、カリキュラムごとに行うもので、男子だから云々、とかいう形で行なっているものはほぼないんじゃないか。
その辺は外野の妄想が大きいと思う。
子どもを入れる立場からすれば、女子でもちゃんと入れる学校はある。
それでも、立場中高一貫の別学志望で、女子の親でというNOさんのような人が現状に物申したくなるんだろう。
個人の家庭の事情はわかるのですが、この場で、その時によって、国立の教育研究成果をうんぬんしてみたり、男女平等を持ち出してみたり、エリート教育に興味があると言ってみたり(それも国立校の意味するところのエリート教育って東大何人とかいうことではないはずだけど…むしろ社会に出た後を射程距離においてる)、論点を入れ替えながら主張するのは、逆に現存する各校の特性や機能を見えなくし、国立かくあるべしという議論から遠ざかってると思いますよ。
エリート教育さん
>国立かくあるべしという議論から遠ざかってると思いますよ。
エリート教育をやるべきだという主張は一貫していると思いますよ。
>エリート教育って東大何人とかいうことではないはずだけど…むしろ社会に出た後を射程距離においてる
社会に出た後どう活躍するかと東大何人は全く無関係ではいられませんよね。
(ここのところは皆さん綺麗事で議論を避けている気がする)
どういう方向を期待するのかは皆さんも曖昧ではありませんか?
有識者会議のまとめに賛成の方は多くないはずなのに。
NOは敢えて尖った方向から主張しているので論拠がフラフラなのも反論が多いのも承知の上なのですが、
匿名掲示板でウダウダ主張したところで現実社会に何か影響する訳ではないので、もっと尖った議論があっても良いと思います。
現状のままでいいというのは気持ちとして理解できますし、尖った主張に反対し続けるのは正解なのだろうけど。





























