アートの才能を伸ばす女子教育
国立大附属は「誰でも入れる学校に」有識者会議
文部科学省で、「国立教員養成大学・学部、大学院、附属学校の改革に関する有識者会議」が開催されています。
国立大附属については、筑駒、学芸大附属、筑波大付属を念頭に、「特定の層しか入れない学校」と批判され、共働き家庭なども含めて、だれもが入れる学校にしなければならないとの提言がありました。
現状の国立大附属は「受験校」であるとして、本来の国立大附属の役割とは異なることから、改革が進みそうです。
進学校としての役割は、私立学校や都立学校が担うことになり、国立大附属は、進学校というイメージは消えていくかもしれませんね。
無論現状では公立一貫には優秀児が少ないから(御三家と比べて)、現役受験家庭は、私立御三家か筑駒を目指す以外の選択肢はない。
御三家残念の場合に公立一貫に行く、くらいのつもりで良いと思う。
しかし、20年後は、公立が一流進学校となっているべきと思う。
既に学力上位者のための教育機関が成立しているところに公費をもってあらたに同様の機能を持つ教育機関をもうけることこそ公費の浪費。愚策中の愚策。
まして国立大学の研究に資するための中等教育機関でない国立学校など存在意義不明。少なくとも黒駒氏の挙げたようなエリートを養成するためであるというのなら、その程度の目的のために国立である必要性は皆無。存在意義ゼロ。
私立に通う低所得者への学費支弁の方が、無料の公立学校を丸ごと設置、運営するコストよりも少。
エリート教育の一番の受益者は、我々庶民。
エリート自身は命を削って働いてるわい。
そんなエリートに敬意を表して、教育費くらい庶民が負担してやればいいじゃん。
公立のエリート教育の何が問題なんだか。
異を唱えるのは、私学関係者と一部の受験産業関係者、あとは御三家出身であることしか自らのアイデンティティを保たない哀れな年寄りくらいじゃないのか?
国と地方、公と民の役割分担に係る常識を書いたに過ぎない。
開成にも麻布にも武蔵にも友人知人はいても縁者はいない。四等親以内に中学受験塾関係者はいない。
筑駒は二人いるが。
日本において、そのエリートとやらは残念ながら
あなたたちの間で力ある者になりたいなら、みなに仕える人になり、
あなたたちの間で先頭に立ちたいなら、みなのしもべになりなさい。
仕えてもらうためではなく、仕えるため。
という心持ちで、御三家なり、筑駒なりを目指しているわけではない。
誠に残念ながら。
>日本において、そのエリートとやらは残念ながら
>あなたたちの間で力ある者になりたいなら、みなに仕える人になり、
あなたたちの間で先頭に立ちたいなら、みなのしもべになりなさい。
仕えてもらうためではなく、仕えるため。
>という心持ちで、御三家なり、筑駒なりを目指しているわけではない。
そりゃあなたの周りの人たちがエリートじゃないだけだよ。
>>エリート教育の一番の受益者は、我々庶民。
筑駒出ても庶民なら、公費支弁すべきエリートはどこにどれだけいるというのだろう。
それともこれは、高給取りのマスコミアナウンサー様が「我々庶民としては」と仰せになるのと同じレトリックと理解してよろしい?
もしそうなら、その書き込みは、
俺たちエリートは骨身削っておまえら愚民どものためにやってやってんだから、教育費ぐらい出せや。
というぐらいの意味でしょうか?
ああ、失礼。
この掲示板界隈に見える、御三家やら筑駒やらをめざさんとする方々にそのような気概はなかなか見えずらかったところ。
天下の筑駒ともなれば、
多く与えられた人は、
多く求められ、
多くまかされた人は、
より多く要求される。
ですか。
恐れ入りましてございます。





























