在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
中学受験に大きな影響あり!地方創世って?
内閣官房の地方創世により教育が大きく歪められていると思います。
早稲田は2年間で合格者数半分に…。
本当に地方創世って教育を歪めるほどのスピードで行わないといけないものでしょうか?
東京都は2月に反対の緊急提言を出しましたが、本日の国会でも強行していくことを明言した政府。
教育の観点から合格者数を減らすならわかるけれど、「地方創世のため」で跡付けの理由というのはおかしいと思います。
中学受験はこれから早慶附属校を中心に、附属校の人気が大幅に高まるでしょうが、将来の日本にとって大きなマイナスとなると感じます。
おや、今度は消されていない。基準は何なのカナ?
前衛党さんねえ
あなたのダラダラ長い理由というもの なんら理由になっていないよ。
>学問の自由とは、常に従来の考え方を批判して新しいものを生み出そうとの努力という小さくややこしいものではないよ。
あなたのよりどころの憲法の「学問の自由」とは、たとえ反体制や反道徳であろうと主義主張信奉の自由が保障されている国ゆえにどんな学問でも学び深耕する自由という極単純なもの。ま、この自由は標榜する共産主義国家では考えられないが。
たとえば、兵器を学問として研究するのは自由。それゆえ、大学の枠を超えた学術会議でわざわざヤラネーと決めたのではないかな。
大学の自治とは、(これだけではないが)学問の自由を担保するために法の下で与えられているものにすぎない。どうも都合よくごっちゃにしたがるので、わかりやすく例示してあげるね。
ある大学でクローンベイビーを学問として研究していたとする。学問だから問題ないよね。ところが研究が進んで実証をやりたくなった。実証となると、当該学問を超えたたとえば生まれてくる生物の扱いなど倫理、刑法、保護法等が関係して大学が出来る裁量範囲を超える。そこでそれぞれの専門家を集めて大学内に倫理委員会を立ち上げ、オーソライズできるかどうか検討することになる。法にからむ内容なら行政当局の参加も仰ぐ。これが大学の自治裁量権の一例。
何のことはない、大学の自治とはその大学内に閉じた出来事に対してのみ自らが治めるというもので地方自治と同じ。わかったかな?
かくしてあなたが理由として掲げている大学自治の理由というものズレてることおわかりかと思う。
1、2は、大学の存在意義のようなもの。 3、4は妄想のたぐい。 5はあって当たり前。干渉がいやなら資金援助うけなければいいだけのことで自治とどういう関係あるか不明ダヨ。
やはり視野が狭くて進歩がない様。あほらしいので相手するのやめるね。
殻に閉じこもった批判しかしていないからあなたの学に進歩がない様。広く捕らえ否定、探求する勉強されたほうがいいですよ。
君は、大学の学問の自由や大学の自治の意義がまったく理解できていないね。
私の意見など、この国の憲法学者の誰もが肯定する定説的なものだと思われる。しかし、それすら同じ土俵に立てないとは、少々驚きだ。しかも、曲解に基づく筋違いな例示には思わず失笑した。いったい、何を言いたかったのだろうか。また、その卑小な過小評価の原因は何だろうか。
そもそも、君のような狭い枠で考えること自体、学問の自由の史的沿革に対する不理解ならびに発想の乏しさを感じさせる。academic―freedomをソルボンヌ大学やベルリン大学等が国家・司教から独立した立場により、その大学・学問の権威を数世紀にわたって継続せしめてきた功績を知ってもらいたいものだ。
また、そのような大学の自由が、さらに大学の自治を当然のコロラリーとして含むことを再度指摘しておく。この大学の自治を認めるのでなければ、大学における学問の自由の保障が不完全なものになるからだ。その重要性は、戦前の暗黒社会における滝川事件(1933年)、天皇機関説事件(1935年)、河合栄治郎事件(1938年)等でも明らかではないか。
ゆえに、大学の自治は、人類共通の財産ともいうべき学問進歩のための不可欠の条件とされる。だからこそ、憲法学者らは憲法13条は大学の自治の制度的保障をも含むと解しているのである。学問の進歩を確保するためである。
もっと勉強してもらいたい。
大学の自治と学問の自由が最大限尊重され、それを実質的に担保するためにお金が必要なのもわかります
しかし何を差し置いてでも学問研究にお金をかければ良いというわけではないですよね
それを予算として決めるのが民主的に選ばれた政府ということですか?
大学の自治と学問の自由は尊重されていますよ。
東京23区大学の定員規制に納得しない大学は、社会の変化に乗り遅れ衰退の道を辿るでしょう。
目先のことだけを見て騒ぐのは、
社会の変化と適応を思い描いて、学校と社会との接点の変化を考えが及ばないからです。
> 問題点の対策をした上で、かつ、状況の変化に応じて見直すというのが本来の付帯決議の使われ方だ。
本来の問題点に目を向けず、解決策の揚げ足取りしているだけなのだから、議論を途中で打ち切るのは当然だろう。それに最初の議論を細かくすればするほど後になって引き戻しにくくなるので、最初の議論を荒くして後で見直すことの免罪符にしたほうがいい。誰も正確な未来を見通すことなどできない。




































