アートの才能を伸ばす女子教育
悠仁様の進路
夏休みのご様子が公開されて、健やかに成長されて
いらっしゃる様子を微笑ましく拝見致しました。
いよいよ来年は中学生になられますが、皆さんの
関心を集める進路についてのスレをまた立てます。
前出の宮内庁関係者と皇室ジャーナリストの話が微妙に違うし、外に情報漏らす筈がないので、筑附以外の学校を探しているという事実からの推測記事だよね。
これ程胡散臭い肩書きあるか?
学校探しに翻弄している事はみんな知ってる。周知の事実からの推測で物言うバカ達の話を繋ぎ合せたサンスポ以下の記事。
ここから分かることは、情報は漏れていないということだけだ。
御茶ノ水って、1クラスの男子10名以下だろ?
悠仁様と御学友がくるならば、最低15人位の男子クラスにしないと、特別すぎる環境になる。
国立中は公立中への教育研究をする役割をおっているけどこの環境で公立中に成果を還元できるのかね。
NHK歴史ヒストリア「“天皇の先生”になった男 小泉信三」を観ました。
当時、小泉信三先生は、慶應義塾の塾長でした。
以下、同上ホームページからの抜粋です(一部手を加えています)
終戦直後の苦難の時代、国民の象徴となった新しい皇室のあり方を模索し続けた小泉と陛下の信頼関係の深さに、じんわり心が温まる思いがしました。
“先生”役の小泉の厳格な姿勢が印象に残りました。小泉は若き日の陛下に、「覚悟」をお伝えしようとしたのだと思います。ときに涙を流すほどだったという小泉の真剣な思いは、きっと陛下の心に刻み込まれていったのではないでしょうか。
小泉は“万年の春”という福沢諭吉の言葉を、新しい皇室のあり方を考えるヒントにしました。そしてそれは、自分の良心に忠実で、他人のことを思いやる精神『忠恕(ちゅうじょ)』という言葉に結実し、新時代の皇室のあり方に大きな影響を与えたように、思いました。
陛下が、西日本豪雨や北海道での地震などの被災者の方に寄り添うお姿を二ュースでお伝えしていますが、そこに「苦しむ人のそばに」という陛下の強いお気持ちがあったことを知ると、伝え手として一段と気持ちが引き締まる思いがします。
国民のことを思いやり、国民と共にあろうとする陛下のお姿は、『忠恕』の言葉を陛下にお伝えした小泉が願っていた姿なのではないかと感じます。
(引用了)
また、小泉先生は、陛下と美智子妃とのご婚約にも大きな役割を担いました。
ここは、慶應義塾中高への進学という可能性も在り得る、と感じました。
そこまで小泉氏の話を書いて、最後の落ちが慶應附属?違うでしょう。あきしのみやは、天皇陛下が若き頃に修めた帝王学と真逆の行いをしているということ。小泉氏には自分勝手でわがまま放蕩次男の行いを諫めてもらいたい。
天皇陛下と皇太子殿下のあとは秋篠宮ではだめですよ。あの人たちの一家は勘違いしている。眉間にしわ寄せて、憮然とした表情。あの人たち一家は考えてるのはわが身のことばかり。まわりが見えてない。
百歩譲って、今さら替えたって遅い。あの人たち一家はもう自分たちのことしか頭にない。会見で秋篠宮は、宮内庁を公然と非難し、紀子さんはわが子がかわいいと繰り返すのみ。今さら進学先をどこに変えようが変えまいが、国民からは受け入れられない。あの人たち一家じゃ帝王学どころか、庶民感覚の常識さえ教えられない。































