アートの才能を伸ばす女子教育
悠仁様の進路
夏休みのご様子が公開されて、健やかに成長されて
いらっしゃる様子を微笑ましく拝見致しました。
いよいよ来年は中学生になられますが、皆さんの
関心を集める進路についてのスレをまた立てます。
>それを懺悔しているからこその今上天皇・皇后陛下の平和活動が続いているのだから、もう許してあげてください。
誤解あるようだが、私は制度論として憲法に違反する世襲天皇制自体を批判するのであって、
明仁氏ご夫婦個人を批判した覚えはない。まして、彼らに何らの戦争責任もないからだ。
ゆえに、天皇制廃止後の民主化された日本共和国において、正田明仁氏、あるいは小和田徳仁氏が公選で大統領に就任したのであれば、民主的正当性ある元首として、私は彼らを支持、歓迎する。
前衛なんちゃらさん
あちらこちらにシットの役にも立たない、 同じようなスレ乗っ取りの自論展開。うんざりだよ。だれも読まなくなるよ。
ほんと、もっと世界を勉強しようよ。過去の出来事をしのごのいうだけの狭い評論世界じゃ進歩はないよ。こんな事しか出来ない人あわれな人と見られるだ
けだと思うけどね。
反論できない輩は、常にそのような逃げ口上を垂れるもの。
また、ただ批判するだけで、自論を根拠を添えて述べることはしない(できない)ことも万事共通する。
反論しないということは、君は私の考えを了承・肯定したということになる。
いつもいうが、それは君の狭い了見だ。
何度も言わせないでもらいたい。
しかも、私は問われたことにお答えしただけに過ぎない。
お互いに思想の自由や表現の自由が保障されている。
まして憲法13条で個人の尊重も宣言されている。
ゆえに、生き方は個々人の自由。
だれにも指図する必要はなく、される理由もなし。
この国の今は、戦前の全体主義社会ではない。
だから、君は君ご自身の頭の上のハエを追っていなさい。
むろん私見にご反論あれば、お待ち申し上げる。
>なぜなら、戦前の天皇制が国体の恒久性による永遠性と支配性—万世一系の皇室の永久的承継—を声高に唱え、「神勅」なる超越性と非科学性で以て明治憲法を制定したとの虚構による統治権で以て、臣民へ隷属を強いてきたからである。
法論理的に、更に言えば日本語としても意味不明なこの言説(これが「天皇に罪刑法定主義が適用されない理由」だとさ(笑))に対して、法的なコメントを期待する方がどうかしてる。
相手にする価値もない。
なぜ?
明治憲法上諭第二段の「国家統治ノ大権ハ朕カ之ヲ祖宗二承ケテ之ヲ子孫二伝フル所ナリ」とのことで、昭和天皇自身も皇祖からの「神勅」よって憲法を創った祖父からその地位を受けたとされた。このように、万世一系の天皇が「現人神」として国家統治をしていることをもって「国体」とした。
そうであるならば、昭和天皇の明治憲法下での元首当時の所為(それによる戦争責任)につき「国体」「現人神」であったゆえ刑事無答責だ、との主張も—ことの是非はともかくも—法的には十分にあり得るものだ。それは戦前の天皇が、統治者であったと同時に日帝の象徴でもあったことでも肯定されよう。蓋し、現行憲法においても天皇は象徴ゆえ、刑事無答責と解されるからである。
それをなにゆえ、国民と同じ次元の「罪刑法定主義」を持ち出す必要があるというのかな。そうであるならば、A級戦犯に対する極東国際軍事裁判(東京裁判)での東条元首相ら7名の死刑判決をどう説明するのかね。近代法の基本原則たる罪刑法定主義の明白な違反ではないか。しかも、戦勝国の中心であった米国憲法修正第5条および同14条でもそれが保障されている。
だが、その後のサンフランシスコ講和条約締結の際に、日本政府はその東京裁判の判決を正式に追認している。君のご所論に反し、日本政府は罪刑法定主義云々の主張はしなかったということだ。このように、明治憲法における天皇の輔弼機関たる国務大臣でさえ無罪の法的根拠として認定されなかった罪刑法定主義。そうした当時の特殊な情勢のもとでは、天皇についてまで、そうした実定法上の概念を用いて戦争責任から免れることなど、およそ実現可能性に乏しかったと言わざるを得ない。むしろ、当時の天皇は、実定法を超越した超現実的な「国体」そのものであったのであったのであるから。
もっと、歴史性を踏まえたご意見であってほしい。































