女子美の中高大連携授業
6年後に都立復活が進んでいたら?
日比谷、西、国立以下重点校で東大150人、都立中高一貫から100人突破となれ中学受験も様相が大分変わるでしょう。中学受験せず最初から公立中あるいは一年通塾で都立中のみ。だめなら公立が増えるんじゃないかな?
他スレッドで中堅私立に行く意味が問われているけれど、学歴取得に的を絞るならあまりお勧めでなくなるかもしれません(都立3番手でも六大学OK)。ましてや中学受験した以上、意地でも公立回避というのはどうなんでしょうね?
自然科学のノーベル賞は、理論的なブレイクスルーより、方法の革新や具体的に人々の生活を一変させたかが重視されるようになっている。
少なくとも、ロマンの極致などとは関係ない。
受賞者をみると「企業内研究者」の経験のある人が顕著に多い。
公的資金が集中的に投入された研究では、カミオカンデ関連が2件あるくらい。
予算分配における科学技術軽視が分かりやすく見えていてなかなかキツい。
高い能力を持ちながらあり得ない低収入に耐えるには「実家が裕福」かどうかが影響してくる。
そういう無私の貢献をしてくれるのは、比率としては「国私立一貫校出身者」のほうがちょびっとだけ高いのだが、理由は単純なところにあるということかもしれない。
国内のノーベル賞受賞者は西高東低なんですよ。昔から研究者は西日本に優秀な人材が多い。
人口比では圧倒的に多いはずの関東の公立が一番ダメなんじゃないかな。だからそれをネタに首都圏の中高一貫校はディスれません。
昔の受賞者は旧制中学を経ていたり、ずっと公立でも今の中学受験なんてものじゃないエリート育ちだったりします。そういうエリート層が60年代の東京なら日比谷を目指し、平成〜令和の東京なら中学受験をしている現実があります。今の中高一貫校生の親は公立トップ高出身者も多いです。
>学問的業績をある程度上げなければ成れない医学部教授などの数
医学部には臨床と基礎があって、たいていの場合、臨床のほうが地位が上と見なされます。大学病院の収入に直接関わりがあるからです。臨床の場合、学問的業績はあまり関係ないと思います。
基礎(研究)はどれぐらい優秀なチームを作れるかで、ほぼ業績が決まります。研究は個人戦ではないので。指導者は、論文のauthor(著者)に名を連ねることが出来ます=鵜飼の鵜匠のような存在です。
学問的業績はあまり関係なく、人(優秀な人材)とお金(潤沢な資金)をどれぐらい集められるかが、評価の基準になると思います。
学問に秀でていれば教授になれるというのは幻想で、実際の人事には企業と何ら変わりなく(もしくはそれ以上に)政治が必要です。派閥もあります。
派閥同士が敬遠しあって、全然関係ないところから、ポッと出の教授が誕生したりします。
ロマン、ありますか?
ドラマはあるなぁ、とは思います。
日本の文化にそれほど特異性はないと思っているが、ここまで「突出した知的能力」を冷遇する国というのはさすがに珍しいかもしれない。
中学受験を経て穏やかに過ごせる場所を確保しうるというのは、大切なことではないかな。
フィールズ賞の森重文さんは東海中高だが、趣味は大学受験数学の問題にエレガントな解法を見出だすことで、京大に進学するまでは大学レベルの数学書は読んだこともなかったそうである。
ロマンのためには既存のコンパルソリーを学ぶのが大事だということなんだね。
ゴリラ研究の京大前総長や何とか菌の研究でイグノーベル賞とった方とか世の中には面白い人が結構居ます。
中高一貫私立生ってあまりそういう人いなそうですね。流石に時代的なことで本田宗一郎や松下幸之助のような人は出ないだろうけれど、ビルゲイツやジョブズ、イーロンマスクのような人材中高一貫から出せませんか?
それだけ優秀なら既存の組織に入るのではなくどんどん起業してほしい。
間違い無く公立中にはロマンがあると思います。
学年の半分近くが大学には行かず、同級生から水商売や風商売をする女子が何人も輩出され、男子はマルチ商法の会社で働いていたり、グレーゾーンビジネスのブラック企業で働いていたり、蟹工船的な作業員などもいます。そして近所の商店街の子は街に残り、街の賑わいを支え続けます。普通のサラリーマンやOLになるのは、大東亜、ニッコマ、マーチ以上に進む2から3割ぐらいです。難関大エリートコースは学年で1人か2人。いわゆる高級住宅地でもこんな感じなので、公立中では、ある程度、小説を読んだりテレビドラマを見るような世界を体験できる点でロマンはあります。
問題は、相当にみんなと違う努力をしないと、そのドラマの登場人物の1人になってしまうことですね。




































