在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
結局、遺伝子?
終了して周りの結果を見て、やはり
『地頭のよさ=遺伝論』に納得致しました。
もちろん、育て方の良し悪しもあるかと思いますが。
以下、二人のママ友さん達の例です。
幼稚園から○田やくも○に通わせ、3年からsapixに行かせ、週5,6で習い事・教育費に課金してきたママ友。
さて、結果。お子さんはY40前後の学校に行きました・・・。
かたや、
幼少の頃はチャレンジのみ、あとはピアノとスイミングくらい?2年も通塾をさせてない、いわゆる「ゆる受験」だったママ友。
結果。お子さん、最難関です。
ママ友さん達で決定的に違ったのはその方達自身の学歴と子育ての仕方ですかね。
○ダメだった子のママ(Fラン大卒)
→毒舌でママ友虐めも平気。子供は習い事漬け。
○最難関に行った子のママ(国立大卒)
→穏やかな優しい方、子供の意思を尊重。
皆さんの周りではどうでしたか?
結局、遺伝要素と家庭環境(育て方)要素、強くないですか?
個人的には努力でなんとでもなると言いたいけど、やっぱり遺伝子は大きい。
環境や努力はせいぜいワンランクアップさせられるだけ。早慶に行くはずだった子供は、良い環境で努力すれば東大へ。マーチに行くはずだった子供は早慶へ。日東駒専だった子供を良い環境と努力で東大に押し込むのは無理、教育虐待。
それならば親がお金を稼いで、小学校から附属へ、または大学院でロンダさせるか、留学させて学歴をリメイク。就職はコネで。
↑それは、貴方がムキになっていると(また勘違いして)思い込んでいるだけです。
要は、視点が違うのです。
遺伝の要因が大きいことは分かっています。
その上で、何が能力を伸ばすかを考えているのです。
遺伝が限界を決めているならば、想定する限界は超えられないでしょう。
人類の文明、科学の発展は、過去の限界を超えて来た偉業の積み重ねです。
遺伝が能力の限界を規定していたら、そのような発展は望めず、現状維持か環境適応の変化しか望めなかったでしょう。
遺伝だけに拘っていたら、発展はありませんよ。
ぼんやりした意見しか言えませんが
>遺伝が限界を決めているならば、想定する限界は超えられないでしょう。
想定する限界は、前出の方が書いてくださった将棋の騎士さんや、数学オリンピック等各種オリンピック上位、あとマサチューセッツで楽しく過ごせるような方々等、遺伝子がそういう方向に向いていている、優れている人が各時代に限界を越えてくれているので進化していると感じます。凡人が多数沢山限界は越えられません。
努力や工夫は大事なので努力して欲しいですが、限界を少しは越えて欲しいとは思っていますが、我が子がかなり突出して限界を越えられるとは思いません。結局遺伝子に一票です。
ワンランク上くらいには、努力でいけると思います。
でも、何でも遺伝?さんの意見もわかります。遺伝子だけではないです。努力工夫重ねるのは大事です。
先にご紹介したアメリカの研究結果でいう「遺伝」と「環境」の割合は、知能のばらつき具合を示すらしく、遺伝:環境が66%:33%(2:1)とすると、遺伝(0-2点)+環境(0-1点)=知能(3点満点)ということらしいです。
もちろん異論のある人もいるでしょうが、上記の研究結果は個人的な実感に非常に近いです。ただ、仮にこの研究結果が正解だったとしても、これを遺伝が大きいと解釈するか、環境も重要と解釈するかは人によって異なるでしょう。
私のイメージでは、こんな感じです。
将棋のプロ棋士=2.9点(ごく一握りの天才が血のにじむような努力をしないとなれない。)
東大=2.3点
早慶=2.1点
将棋棋士や東大はさておき、私大の雄である早慶を学力の頂点(限界点)と捉えるなら、ごく普通のポテンシャルを持った子でも、環境(努力含む)次第で早慶合格は可能と思うので、この事をもって、大学受験に関してポテンシャルに基づく限界はない、と言うことはできるかも知れません。
遺伝の影響について人によって意見が対立しているように見えても、実は意外と考え方にそう大きな隔たりはないのかも、と思いました。
才能はまぎれもなく存在するものですが
>ワンランク上くらいには、努力でいけると思います
この感覚は、すべての人が共感できるものであり、
ワンランク上に行けば、そのワンランク上が近くに見えるものです。
結局、ここで頭打ちと言った境界はないわけです。
自転車を見たこともない人が自転車にはじめて触れたら、
自転車に乗ってる人は、特別な才能を持ってる人に見えるでしょう。
人は自分が到達していない状態のものを「才能」という言葉で片づけようとしたがります。
しかし、多くのことは方法論を理解し実行すれば実現可能だったりします。
受験勉強はその最たるものと言えるでしょう。
数オリも将棋指しもプロ野球選手もすべて同じです。
そこに到達した人から見ると、うまくなってワンランク上を目指すことを
繰り返しただけ。そのスピードの差を才能と表現するのでしょうが、
スピードの差は、巡り合った指導者やそれに打ち込める環境で大きく変わり、時に才能の差を凌駕することを想像することは簡単だと思います。
受験業界に限った話に戻すと、
才能は結果に大きな影響を及ぼすことは当たり前ですが、
環境要因は非常に大きく、成績を伸ばす方法論は世の中にいくらでも散らばってる。
才能と言う言葉で自ら限界を作り、それを言い訳(できることをせずして)としては勿体ないと言うことを、ワンランク上を繰り返した人たちが教えてくれてるんだとおもう。
水掛け論になってますが、論点は大学受験において、親や学校の与える環境や教育で偏差値いくら分くらいの差が生じるものなのか?といったあたりでしょう。
小学生の学力テストで上位の秋田県では、大学進学率は30%ほどしかなく東大など難関大学の合格者は少ないですよね。親の経済力や教育環境で大学に行くか行かないか難関大学に行くか行かないかといった差が生じているように思います。




































