女子美の中高大連携授業
結局、遺伝子?
終了して周りの結果を見て、やはり
『地頭のよさ=遺伝論』に納得致しました。
もちろん、育て方の良し悪しもあるかと思いますが。
以下、二人のママ友さん達の例です。
幼稚園から○田やくも○に通わせ、3年からsapixに行かせ、週5,6で習い事・教育費に課金してきたママ友。
さて、結果。お子さんはY40前後の学校に行きました・・・。
かたや、
幼少の頃はチャレンジのみ、あとはピアノとスイミングくらい?2年も通塾をさせてない、いわゆる「ゆる受験」だったママ友。
結果。お子さん、最難関です。
ママ友さん達で決定的に違ったのはその方達自身の学歴と子育ての仕方ですかね。
○ダメだった子のママ(Fラン大卒)
→毒舌でママ友虐めも平気。子供は習い事漬け。
○最難関に行った子のママ(国立大卒)
→穏やかな優しい方、子供の意思を尊重。
皆さんの周りではどうでしたか?
結局、遺伝要素と家庭環境(育て方)要素、強くないですか?
>遺伝として、いくら努力してもかなわない場合、別の手段見つけるのか、別の努力に切り替えるかなのでしょうか?
努力至上主義だったバラードさんから、「いくら努力してもかなわない」の言葉が出てくるのは興味深いですね。改心したのでしょうか?
>学力もそういう面あるのかもしれませんね。
いくら努力しても遺伝によって学力面でかなわない、となった時には、自分が得意なものを探すのが一番でしょう。
それは勉強以外のものかもしれないし、勉強でも特定の(大学受験とは関係のない学問)かもしれません。
努力主義者に問題があるとすると、遠回りを神聖化してしまうところです。
もちろん、努力や遠回りは、人間の人格形成を考えた時には一定の意味があります。しかし、それを神聖化してしまうと、それが目的になってしまいます。
勉強が苦手だ、この道では他の人には勝てない、と感じたら、自分が勝てるものを探せばいいのに、変に努力が神聖化されてしまっているために別の道を探す一歩が遅くなるのが大問題です。
これは受験業界の問題点でもあるとは思います。
遺伝関連のスレッドが立つと、全力で「遺伝ではない」「遺伝もあるけど環境も重要」と言いだして、生徒を逃がさないようにするのですから。
環境が必要だったら、それは「得意」ではありません。
遺伝だけで「得意」と言えるものを見つけ出すことが、子供にとっては幸せです。その上で努力すれば、さらに高みに登れる訳ですから。
ありますが、ほぼないと言ってよいです。そもそも私立中学校から一流高校への進学率はよいって言えませんから。(全国統一試験の時代、教科書も同じ、みんな同じ努力であれば、地頭で勝負のみ)なので、公立中学校でも私立中学校でも、学生レベルの差(理解力)が激しいです。
うちの上の子(20代)が赤ちゃんの頃
「子供には無限の可能性がある」という言葉を何度聞いたことか。
子供が幼ければ幼いほど、親にとってこの言葉は甘美。
でもすぐに現実を知る、遺伝的な制約はあると。親である私にできることは得意な分野を伸ばしてやることと。でも得意な分野が親の私の願望と違うと、あれしかできない、これしかできないと感じてしまうことも。実際はあれもできる、これもできるだったのに。
真の意味では、子供に向き合えていなかったのかも。




































