女子美の中高大連携授業
留学や行き過ぎた英語教育のメリットがよくわからない
英語が大切だということはわかります。しかし上位校であれば、どの学校でも英語はもの凄く勉強するし、子どもも卒業までには英語を長い時間をかけて勉強して覚えます。
英語が大切だということは誰も異論はないと思うのですが。
留学や行き過ぎた英語教育にどういったメリットがあるのか、さっぱりわかりません。
医学部や司法試験と同じで、医者や弁護士になる人は上位校(東大としても、早慶以上としても、何でもいいですが)の中でも少数派で、半分以上の人には関係のない話しです。
それと同じで、留学だ英語だと熱を上げている人は全体の中では(医者だ弁護士だと言っている人と同じ様に)実際には少数だ、ということでしょうか。
英語が大切でないとは思っていませんし、我が子も毎日の様に英語をよく勉強しています。英語が大切なのはわかりますが、言ってしまえば数学と同じ程度に大切だとは思います。
留学や行き過ぎた英語教育のメリットがよくわかりません。ごく一部の人たちが掲示板を賑わせている、ということでしょうか。
私もそう思います。
ただ渡部昇一氏の所論は多くの英語教師に支持されています。
もちろん、それは公平公正を隠れ蓑にして、授業も試験問題の作成も楽に行いたいという彼らの都合で利用されているだけですが…
公平公正であれば無意味でも難癖をつけられないからです。
『学習指導要領』ではこういう英語教育であってはならないと繰り返し主張していますが、いかんせん能力が低い彼らは『学習指導要領』に基づく授業ができていません。
正直言うと、意思疎通が取れる会話が出来るかは知識より経験や体験のほうが遥かに重要。
日本人は文法的に正しい英語、正確なアクセントじゃないとダメって強迫観念に捕らわれている人が本当に多い。
これは英語教育の失敗だと思う。
庶民レベルでは細かな文法を教えるよりも無茶苦茶な文法、アクセントでも意思疎通を取る訓練を優先したほうがいい。
一流大に行くような人だけが、それに加えて正しい文法、沢山の語彙を学ぶ。
留学経験がすべてではないです。身近な経験が間違った認識を生むこともあります。カントは自分の街を出たことはないですし、スミスの国富論には海外事例が豊富に引用されていますが、当地に住んだことはありません。
それは言語の特性にもよりますね。
英語の他にフランス語、中国語を学んできた私から見ると、英語はフランス語やドイツ語と同じ屈折語に部類されているのだけれど屈折(conjugation)がほとんど抜け落ちている。
言語学者の中には英語はconjugationから解放されていく傾向にあり中国語と同じ孤立語に近づいていると主張している者もいます。
つまり、英語は文法の言語ではないということです。
どういう立ち位置で、どういうレベルの英語のことを言っているのかも全く合ってないのだけど、社会人英語でアメリカで学位を取った、検定試験などは問題にならないレベルから言うと、高学歴で英語を全く話せない人については、全く英語を勉強していないし、舐めすぎってだけ。
早期英語教育の無駄を論理的に二つ言っておく。早期英語のひゆみさんは発狂して、戦記をブロックして独自路線に走り始めたのだけど、
①忘却と戦うためのコスト
英語の習得が早いほど、レベルが高いほど、忘却率を埋めるためだけに一定の労力を英語学習に割き続けなければならない。個人的には、アメリカから帰って1年で60%忘れ、10年で語彙力は10分の1になったぐらいの感覚。
②習得速度
これは英語に限らず、全ての学習、芸術、スポーツなどにおいて、共通する傾向として、年齢が上がるほどに習得の速度は速まる。他の分野での経験を援用できるようになるから。この掲示板でも一蹴したように、概念を理解していない単語などをいきなり英語で学ぶのが一番不効率。日本語で理解して、それを英語に置きなおせば、一瞬で覚えられるが、日本語で知らない単語を英語で覚えようとするといたずらに時間・労力を浪費する。
敢えて言えば、RとLの区別のように幼少期にインプットしないと一生習得できない技術もあるが、ビジネスや留学で不自由しない程度の英語力という意味で言えば、15歳で学ぶのに1年かかることを25才なら3か月で学べる。
この①と②から効率性から言えば、英語は成人するまで学ばない方が時間効率がいいということになるが、成人してから中高生時代並みに英語学習に時間を投入するのは事実上不可能。ただ、一般論としては、大学生ぐらいまでに知能レベルを上げられるまで上げて、英語は短期集中で伸ばす方が時間効率はいい。
ご指摘のような、言語による文章の構造上の違いを知るための作法が文法ですね。外国語を学習する上で、英語は一つのベンチマークになります。文法を知ることは、言語をメタ認知していることになります。さらにいえば、文法を入り口にして、英語では結論を先に話すのかといった英語の思考様式を身につけることになります。日本語的思考を単に英語に翻訳するだけではだめだ、と気づくわけです。




































