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別学共学はもう古い、雑学の時代到来

【7709479】
スレッド作成者: ジェンダー (ID:tTEMCActywI)
2025年 09月 13日 14:04

別学共学の議論が繰り返され、別学の都立校を作ろうなどというスレが立っていますが、別学とか共学という分類自体が古くないですか?
どうして性別だけをそんなに意識しなければいけないのか。

もう性別を一切問わない雑学の学校があっても良いと思います。

・生徒は性別も性自認も性嗜好も自由
・男女別の募集や選抜を行わない
・制服もユニセックスのパンツスーツのみ又は私服
・体育の際の更衣は個室
・トイレは全て男女共通の化粧台付き個室
・宿泊行事は希望者のみ、部屋はシングルユース

どうでしょう

【7709518】 投稿者: meta視点から   (ID:YR9zkpfNgOI)
投稿日時:2025年 09月 13日 17:09

雑学校ですか。まあアイデアとしては。。。

が、結局は「上っ面の寛容」に酔っているだけに見えます。

私はセクマイ当事者ですが、だからこそ分かります。寛容を標榜する人ほど、リアルな想像力が欠落している。虹色アイコン、プライドウィーク、ユニセックストイレ。。。見た目や制度を整えれば「多様性に配慮しました」と済むと思っている。でも、現実はそんなに単純じゃない。

例えば男の子が20代で60代のオッさんパートナーを連れてきたら?

あるいは女の子がティーンの彼女を連れて来て肉体関係までありますと言われたら?

「性自認も嗜好も自由だから受け入れろ」と言えますか?私は嫌です。大多数もそうでしょう。つまり寛容アピールの大半は、自分に関係ないから気軽に言えるだけなんです。

本当に弱者を守るなら「全てを平等に扱う」という虚構はむしろ逆効果です。

平等の押し付けは個の否定でしかなく、結局は弱者をもう一度踏み潰すだけ。歴史が共産主義の幻想を否定したように。

セクマイであれ誰であれ、個の現実を無視して「雑に平等」を掲げるのは、ただの思考停止。雑学校の発想はその典型例に見えます。

【7709522】 投稿者: meta視点から   (ID:YR9zkpfNgOI)
投稿日時:2025年 09月 13日 17:29

あ。

釣りと分かっての投稿ですので悪しからず。

【7709565】 投稿者: 通行人   (ID:NvzqIiFUQ1U)
投稿日時:2025年 09月 13日 19:21

「こういう学校あっても良いですよね?」というスレタイに対しては「あっても良いのでは?」が回答かな。

個室(トイレや更衣室)などの設備が充実した私立学校をスレ主が作るってことて良いですか?

少子化で統廃合が進む中、公立(含む都立や県立)は、費用対効果考えて無理だと思う。

【7709579】 投稿者: ジェンダー   (ID:v6AAjrL4Fpk)
投稿日時:2025年 09月 13日 20:33

スレ主です。

はい、私立の想定です。

私自身は多分マイノリティではないけれど、子どもが同性パートナーを連れてきても、受け入れる。孫と遊べないかもしれないのは寂しいけれど。

そもそも男性は必ず女性を好きになり、女性は必ず男性に惹かれるというのが何だか不自然ではないですか?

裸で歩いているわけでもないし、子孫を作る目的で相手を探しているわけでもないのに。

もし誰かを好きになってしまってから、実は相手がトランスジェンダーだと判明したら好きではなくなるのかしら。それは理性?それとも本能?

【7709583】 投稿者: ジェンダー   (ID:v6AAjrL4Fpk)
投稿日時:2025年 09月 13日 20:41

あと補足。

ジェンダーフリーをウリにした学校にはしたくないな。それはそれで不自然だし、ものすごく注目されてしまい通いにくいから。

そういった意味から学校を新設するのではなく既存校に施設や考えを取り入れるのが良いのかな。

まずは共学校で男女別の募集をやめよう。

【7709627】 投稿者: meta視点から   (ID:R4Zu9WFYHGc)
投稿日時:2025年 09月 13日 23:07

スレ主さんの誠実な姿勢は伝わってきます。ただ、やはり「想像で考える」と「現実に直面する」には大きな隔たりがあります。

私自身も結婚の際、当初は「姓が変わるくらい別に構わない」と思っていました。ところが実際に会社の登記や契約関係に伴う費用・手間を前にすると、到底受け入れられなかった。その状況は相手も同じ。結局、双方とも姓を変えない選択をしました。事前に頭で考えていたのと、現実に直面したときの重みが全く違ったのです。

セクマイの問題も同じです。頭の中で「子どもが同性パートナーを連れてきても受け入れる」と思うことと、実際に目の前に当事者として立つわが子と向き合うことには、想像以上のギャップがある。だからこそ、「寛容であるべき」というポーズやスローガンを掲げるのではなく、現実にどう折り合いをつけるのか、一人ひとりの覚悟や責任の問題になります。

学校制度も同様で、理念や標語だけでなく、当事者が日常をどう送るかという具体の設計が問われる。そこを考えずに「募集を男女別にやめよう」とだけ言っても、実態に耐えうるものにはなりませんよ。

【7709635】 投稿者: ジェンダー   (ID:N/o01Io2pXo)
投稿日時:2025年 09月 13日 23:28

なるほど、ありがとうございます。

結局セクシャルマイノリティが抱える社会の中での不都合は当事者にしか分からない、当事者にしか解決できないということでしょうか。

職場でもダイバーシティ関連の活動がありますが、当事者が動かない限り効果は薄いのかな。うーん、どうしよう。

ちなみに、雑学校のメインの趣旨はセクシャルマイノリティ対応ではなく、性別という属性そのものについて取り扱いのプライオリティを下げるということです。
生徒の数を限定したり、わざわざ別の制服を作るほどのことかなと。

トイレも更衣室も、女性同士はなぜ同じ場所に纏めるのか。完全にプライベートスペースにすれば良いのに(コストの問題が解決できれば、ですが)

そんなことを感じるのは私だけかしらね。

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