アートの才能を伸ばす女子教育
別学共学はもう古い、雑学の時代到来
別学共学の議論が繰り返され、別学の都立校を作ろうなどというスレが立っていますが、別学とか共学という分類自体が古くないですか?
どうして性別だけをそんなに意識しなければいけないのか。
もう性別を一切問わない雑学の学校があっても良いと思います。
・生徒は性別も性自認も性嗜好も自由
・男女別の募集や選抜を行わない
・制服もユニセックスのパンツスーツのみ又は私服
・体育の際の更衣は個室
・トイレは全て男女共通の化粧台付き個室
・宿泊行事は希望者のみ、部屋はシングルユース
どうでしょう
>同じ釜の飯を食って目標に向かって厳しい練習に耐え抜いた仲間は一生の付き合いになる。
文化部だけど、I know 、その気持ち。
まあ一生スパンをこの30代で語る気はないが、有志で出たディベート大会の仲間は戦友という感じ。ちょっと戦友という言葉ではニュアンス違うんだけど遠からず。
あんたたちなら、背中が預けられる、一心同体感てのかな?
短時間で共同作業で戦略立案、意見の集約、文章化をマルチタスク的に無駄なく行うためには完全なる意思疎通が必須。
>もちろん部活に真剣に取り組んだことで自分の能力の限界も知ることができたが。
自分凄いと常に思っていた人間だけど、どう考えても私よりおっとりしてディベートに向かなそうな子が、私より断然戦闘力と切れ味を持っていた時に
「自分の小ささを知りました〜」[削除しました]MONGOL800
うーん、私は特にそういう目的は考えていませんでした。
東大附属や学芸附属の双子枠なら指導の仕方による効果の差を測定できるかもしれないけれど、性自認が不安定な子を調査する目的は何でしょう?
このコンセプトの学校が仮にできた場合には学校内で性別そのものを取り上げることがほぼ無くなると思うので、逆に調査しにくいのではと思います。
サニタリーボックスは前述の工夫をとればまずは解決ですね。どこの環境にもおかしな人はいます。それは別学共学でも同じで、100%の対応は不可能でしょう。
男子トイレを狙う男性教員もいるわけで、そこはもうジェンダー関係ないと思いますよ。
音問題に関しては、女性同士なら聞こえてもいいということですか?
私は隣がどちらの性でも聞こえてほしくない点は同じです。カサカサしないタイプのものもありますし、今も皆さん工夫されていると思っておりましたが、違いますか?
同性同士だから何でもあり、みたいなのは私はあまり好きではないかな。
工夫をすれば解決というのは、あくまで机上の話に過ぎません。実際に男子が入れない女子トイレでさえ盗難は起きています。そこに「堂々と男子も入れる環境」を設ければ、持ち出しも録音も盗撮も、余裕を持って仕込めるだけです。通常なら制御できていた予備軍に、環境そのものがトリガーを与えることになるでしょう。
どこの環境にもおかしな人はいると一般化するのも誤りです。確かにゼロにはできませんが、リスクを最小化するのと、わざわざ拡大させるのとでは意味がまるで異なります。女子トイレを狙う男性教員が存在し得るのと同じで、男女共用にすれば自由に出入りできる場が用意され、行為を抑制する仕組みが剥がれることになります。ジェンダーの問題ではなく、構造的に犯罪や覗き見を容易にする設計の是非が問われているのです。
「音」に関しても、同性同士だから許されるという話ではありません。思春期の羞恥は相手が同性か異性かで性質が異なります。スマホ一つを置くだけで録音や録画は簡単に可能で、工夫で解決という楽観論は現実を無視しています。
さらに現実的な問題も考慮する必要があります。全生徒・全教員分をジェンダーフリートイレや個室で確保するには、膨大なスペースと建築コストがかかり、サニタリーボックスを含む機械装置や日々の保守管理費も必要です。既存校舎での導入は事実上困難で、予算や維持費、監視体制の負担が現実的にのしかかります。
つまり、あなたの論理は被害の現実を切り捨て、理想論で安全を語っているに過ぎません。論点は誰もが入れる自由ではなく、「弱い立場の生徒が安心して使える仕組みを、確実に守ること」にあるのです。
そうですね、トイレの区別を無くすと工夫をしたとしてもリスクは従来に比べてどうしても上がります。
6年を一緒に過ごすという学校での抑止効果を期待したのですが、難しそうですね。
少し現実味のある路線にするとすると
・生徒は性別も性自認も性嗜好も自由
・男女別の募集や選抜を行わない
・制服もユニセックスのパンツスーツのみ又は私服
【変更】体育の際の更衣は男女別更衣室の他に性別を問わない個室もいくつか用意
【変更】トイレは男女別の他にいわゆる「誰でもトイレ」のようなものをいくつか用意
【追加】部活動に関して男女別の募集は行わない
・宿泊行事は希望者のみ、部屋はシングルユース
という感じですかね。
ちなみに性差に配慮した教育といったご意見が出ていたと思うのですが、具体的にはどのようなものでしょう?
そこは共学校で特に問題が挙がっていないところを見ると、無くてもさほど問題にならないのですかね?
あと、今更思ったのですが、共学校では例えば野球部やサッカー部には女子は入れないというルールはあるのでしょうか?
男女別の更衣室の他にいくつかの個室となると
みんながワイワイ着替えに行く中で「私は個室使うわ」と言い出すの勇気要りません?
というか毎回更衣室は個室でトイレは誰でもトイレ使う子となれば周囲は察してくれるでしょうけど
それは区別を無くすっていう元の趣旨とは変わってきてるような
スレ主さん、ようやく「リスクは上がる」と一応は認めたようですね。それは評価します。しかし、その後のあなたの対応は、まさに誤魔化しそのものです。
第一に、あなたの「現実味のある路線」は、あなた自身の理想の否定でしかありません。
>トイレは男女別の他にいわゆる「誰でもトイレ」のようなものをいくつか用意
これは何ですか? 「性別を問わない雑学」を標榜しながら、結局は従来の「男女別」を基盤とし、それに「誰でもトイレ」を追加する。 これはあなたの掲げた「性別だけをそんなに意識しなければいけないのか」という理想から完全に後退し、むしろ「性別を意識した区別」を温存・強化する現実解です。
あなたの提案は「雑学の時代到来」ではなく、「既存の共学にオプションを少し追加しました」というだけの、ごくありふれた内容に成り下がりました。これではスレタイトル自体が虚偽です。あなたはリスクを指摘され、自身の主張の核心を自ら捨て去ったのです。
第二に、論点を「性差教育」や「部活動」にすり替えるのは無意味です。
>性差に配慮した教育といったご意見が出ていたと思うのですが、具体的にはどのようなものでしょう? そこは共学校で特に問題が挙がっていないところを見ると、無くてもさほど問題にならないのですかね?
これは悪質な論点ずらしです。このスレで議論されているのは、「雑学」という新システムの現実性とリスクです。性差教育の是非は全くの別問題です。あなたは自分が提案したシステムの重大な欠点を追及されると、都合の悪い話題から逃げ、相手に「具体的な案を出せ」と責任を転嫁している。
同様に、
>共学校では例えば野球部やサッカー部には女子は入れないというルールはあるのでしょうか?
これも同じです。「雑学」で想定される核心的な問題「プライバシーと安全」から目を逸らさせ、部活動の細かい運用論に議論を誘導しようとしているのは明白。
スレ主さん、あなたの議論の手法って。
過激で「革新的」な理想を掲げる。
↓
その理想が持つ現実的なリスクや矛盾を指摘されると、「工夫すれば解決」とごまかす。
↓
それでも追い詰められると、核心からは後退した「妥協案」を提示し、あたかも当初からそれを考えていたかのように振る舞う。
↓
最後の手段として、全く別の論点(性差教育、部活)を提起し、自分が追及されている状況から逃れようとする。
あなたの「雑学」構想は、リスク対策の面で無責任で、議論の進め方において不誠実。もはや「雑学」の中身について議論する段階ではなく、あなたのその思考プロセスと議論態度そのものが問われているのです。
「目立ちたがり屋が、ちょっと過激な提案をしたが、穴だらけの現実を指摘され、ヒヨって誤魔化しと論点ずらしをしてる」
こーんな評価をされたらそれはまさに正鵠を射ています。
まずはご自身の主張の重大な欠点と、それを直視しない姿勢を反省すべきではないでしょうか。論点をずらす前に、まずは自身の矛盾と向き合ってください。
性自認が不安定な子供のための学校設立の意義はあると思います。
性別違和は、病気や障害ではありませんが、多くの若者が自身のアイデンティティに悩み苦しむことがあり、特に思春期はその違和感は深刻な精神的負担となりかねません。そのような子供達が安心して学べる環境を整備することは、健やかな成長を支える上でとても重要ですよね。
学校は性自認に悩む子供とその家族に対して包括的なサポートを提供できると思います。
具体的には、性別違和に特化したカウンセリング、スレ主さんイチオシの個々のニーズに合わせた更衣室やトイレの整備、そして何よりも同じ悩みを抱える仲間と安心して交流できるコミュニティの提供。これにより、生徒たちは孤立することなく、自身の性自認と向き合うための安全な居場所を確保できると思いませんか?
性自認の揺らぎや変化のプロセスについて、倫理的な配慮を行いながら詳細な記録と調査を実施すれば、そのデータは、性別違和の生物学的・遺伝的要因に関する研究を深める上で重要なデータになります。
過去には、性別違和が精神疾患として扱われた無理解な時代がありましたよね。
今後、より正確な理解を社会に広めるため、子供達への支援と未来の世代のための学術的貢献を両立させる、まさにウィンウィンの関係性だと思いませんか。
私は単なる教育機関以上の意味のある場所になると思いました。
最後に、スレ主さんはそんな目的は考えてなかったとのことですが、基本理念は男女の性差を薄める方向ですから、性自認に違和感がある子供達が自然と集まるようにも思います。
いかがでしょうか。






























