充実した教育環境の日大付属高校
別学共学はもう古い、雑学の時代到来
別学共学の議論が繰り返され、別学の都立校を作ろうなどというスレが立っていますが、別学とか共学という分類自体が古くないですか?
どうして性別だけをそんなに意識しなければいけないのか。
もう性別を一切問わない雑学の学校があっても良いと思います。
・生徒は性別も性自認も性嗜好も自由
・男女別の募集や選抜を行わない
・制服もユニセックスのパンツスーツのみ又は私服
・体育の際の更衣は個室
・トイレは全て男女共通の化粧台付き個室
・宿泊行事は希望者のみ、部屋はシングルユース
どうでしょう
生徒に対する好奇の視線はあるでしょうが、身体的な攻撃までありますかねえ?ムスリムの国じゃあるまいし。10年近く海外暮らしを経験してるので自分の感覚が日本の平均値だとは思いませんが、日本はそこまでセクシャルマイノリティ後進国ではないと思いますよ。
この点は皆さんにもご意見を伺いたいところです。
性別にフォーカスしたくないようですが、仮にスレ主さんのコンセプトの学校ができたら、シスジェンダーより性自認に揺らぎのある生徒の方が自然と集まると思いませんか?結局、その手のお悩みは通常の学校より多くなりそうだと思いますが。
スレ主さんの職場は性別や性差が何ら影響を及ぼさないらしいですが、それって大人だけ、仕事だけの世界だから可能なんだと思います。
職場では一人の人間として職務を全うすれば事足りますが、プライベートでは皆さんオトコでありオンナであり、はたまたオトコとオンナを行き来する人もいて。
それを未成年が集う学校に当てはめようとするのは無理ではないでしょうか。
学校は職場とは違い人格形成の場でもありますから。
まずさんに。
因みに私はビアンです。
海外暮らしの経験を引き合いに出して「日本はそこまでセクマイに遅れていない」と断言するのは、当事者の現場感を一ミリも代弁していません。
しかも「後進国」という言葉選び自体、随分前から敬遠されているワードでしょう。まるで後ろに進んでいるかのようで、現実を正確に表さないからです。
更に海外の事例を挙げる際も、セクマイに対する攻撃が表面的な暴力として可視化されやすい国と、そうではなく見えにくい形で差別が沈殿している国とでは事情が全く違う。
例えばアメリカでは、トランスジェンダーに否定的見解を主張していた保守系政治活動家チャーリー・カーク氏がトランスジェンダー当事者に射殺されるという事件もありました。
暴力に顕在化するからこそ分かりやすい一方で、それを深刻さの指標に短絡し、そういう事件が顕在化してこない我が国はセクマイに否定的でないという見解であれば、それはただ表層に引っ張られているだけです。
スレ主さんにももう一言。
駅から離して私服登校で「隠す」発想は、表面的な安全を得る代わりに当事者の可視性を消し去り、長期的には差別と偏見を温存します。
隠れて「安全」を図るということは、社会に対して「この子たちは見て見ぬふりをして構わない存在だ」と公に合意することに等しい。
短期的に安全に見えても、教育としての公共性や平等の観点からはまさに「後退」です。
両者に共通する致命的な勘違いがある。
それは「問題は個別に対応すれば済む」「目立たなければ安全」という発想です。実際に必要なのは、個別化されたケア(カウンセリング、追跡支援、当事者同士の安全な交流)と、同時に普遍的な制度設計(教師研修、通学路の安全確保、匿名で相談できる仕組み、差別を許さない明確な校内規範)を両輪で回すことです。どちらか一方だけでは空洞に終わる。
「職場とは違う」と言うのは、その通り。職場で成り立つ役割中心の関係性を未成年の学校にそのまま当てはめるのは危険でしょう。
学校は人格形成の場で、アイデンティティの揺らぎを放置すれば精神衛生に深刻な影響を及ぼす。だからこそ、性自認や性的指向に向き合う場と支援が必要なのです。
最後に現実的な提案を一つ。
隠すのでも全面的に可視化するのでもなく、段階的な「選択肢の普及」を設けるべき。校内に匿名相談窓口と外部専門家連携を持ちつつ、当事者が自ら手を挙げられる小さなコミュニティを育てる。見せたい人は堂々と、見せたくない人は守る。。。その両方を制度として用意するのがプロのやり方です。
これができなければ、理想論も隠蔽論もどちらも机上の空論に終わりますよ。
残念ながら、好奇の目だけで済むとは私は思いません。
活動を裏から見ていて思いますが、まだ日本では嫌悪感を抱く人も一定数います。
ほとんどの方はじろじろ見る程度でしょうけれど、たまには心ない大人から憂さ晴らしのような暴言くらいはあるだろうと思いますよ。
まして相手が自分より弱い中高生ならばそのようなものを吐き捨てて行く人もいるでしょう。
なので私は中高生の段階で目立たせたくはないです。
マイノリティへの理解はなかなか進みません。頭ではわかっていても感覚が許さないのでしょうね。
進め方は色々あり、metaさんのおっしゃるように何かひとつの方法で解決するものではないと思います。
私が出した案は、まず様とは方向性が異なるものですが、排他的な関係ではありません。ただ、まず様のお考えの学校を作るなら、安全確保は必要です。
終わりにするはずでしたが、誤解は解いておきたく。
私は「もしも、まず様が考えるような、性自認に揺らぎのある子を積極的に集める学校をつくるならば」危険なので隠す必要があると指摘しただけです。
マイノリティだけを集めることは差別を助長する危険があるので、私は賛同はしておりません。
metaさんが書かれた案は主にソフト面のお話ですが、ハード面では男子校女子校をベースにするのがベストだとお考えですか?
スレ主さん、「男子校女子校をベースに」という発想は、あなた自身が掲げてきた「性別を取り立てない学校」と正面から矛盾しています。性別で区切る前提を残した時点で、それはただの「古い制度に新しい看板を掛けた学校」でしかない。
しかも、ここまでの議論で見えてきたのは、誰も賛同していないこと、実現性が皆無であることです。制度設計の一貫性もなく、予算も根拠もなく、ただ頭の中で模型を組み立てているに過ぎない。
仮にスレ主さんが500億円ほどの潤沢な資金を個人で投じるなら、独りよがりだろうと実現可能性はゼロではないでしょう。けれど現時点では、実現可能性は完全にゼロです。
この手の議論は続けても不毛ですし、スレッドが上がるたびに目障りになっているのも事実です。ここで幕を引いてはどうでしょうか。
こんなネタで100件書き込み(内、私のヤジが20件はありますが)があれば御の字でしょう。
お疲れ様でした。






























