アートの才能を伸ばす女子教育
別学共学はもう古い、雑学の時代到来
別学共学の議論が繰り返され、別学の都立校を作ろうなどというスレが立っていますが、別学とか共学という分類自体が古くないですか?
どうして性別だけをそんなに意識しなければいけないのか。
もう性別を一切問わない雑学の学校があっても良いと思います。
・生徒は性別も性自認も性嗜好も自由
・男女別の募集や選抜を行わない
・制服もユニセックスのパンツスーツのみ又は私服
・体育の際の更衣は個室
・トイレは全て男女共通の化粧台付き個室
・宿泊行事は希望者のみ、部屋はシングルユース
どうでしょう
> 「男子に最適化された試験」などといいますが、たとえば戦前戦後を通じて女子はそもそも受験する権利すら制限されていた。
そういうことではなく、現在の一般試験の科目構成や出題範囲は、戦前のそれとは大きくは変わっていないのだから、男子の中から優秀な人を選抜することが基準になっているということ。そこに異なる能力をもつ女子が入ってこれば不利になるのはあたりまえ。
> 語学や礼法を女子に割り振ったのも「女子はこの役割」と社会が決め込んだ結果であって、
割り振る?女子が語学が得意なのは日本に限った話ではないし、狩猟時代からの男女の役割を考えれば、女子のほうが総じてコミュニケーション能力が高くなるのは明らか。得意なものを伸ばすことに何か問題があるの?
なお、昔も今も女子が外見を飾るのは変わりがなく、いくら外見をきれいにしていても、所作がなっていなければ見苦しい。礼法や作法について男子より女子のほうが重視されるのは必然だと思うね。
スレ主です。今朝は時間が無いので見るだけ見て投稿は見送ろうと思っていましたが、あまりにもツッコミどころが多いので。
>現在の一般試験の科目構成や出題範囲は、戦前のそれとは大きくは変わっていないのだから、男子の中から優秀な人を選抜することが基準になっているということ。
具体的にどんな所で男子を積極的に選抜する仕組みになっているのでしょう?
科目構成も出題範囲も事前に告知されているのだから、そこに不平等は無いと思うのですが。
> 割り振る?女子が語学が得意なのは日本に限った話ではないし、狩猟時代からの男女の役割を考えれば、女子のほうが総じてコミュニケーション能力が高くなるのは明らか。得意なものを伸ばすことに何か問題があるの?
得意なものを伸ばすことは大いに結構なことです。問題は性別で振り分けた担当領域を押し付け、本人が得意分野を選択できないことでしょう。料理好きな男子や工作の得意な女子は長い間能力を開花させる機会を奪われてきました。
>なお、昔も今も女子が外見を飾るのは変わりがなく、いくら外見をきれいにしていても、所作がなっていなければ見苦しい。礼法や作法について男子より女子のほうが重視されるのは必然だと思うね。
今の男性は全般おしゃれですよ。眉毛サロンも脱毛もピアスも。どちらにお住まいか分かりませんがもう少し外を見た方が良いですよ。
会社員でもそれなりのポジションになるとシミをレーザー処理したり、歯のホワイトニングをしたり、見た目に気を配るのは当たり前です。外にも中にも若々しく力強い好印象を与える必要があります。所作も然り。
>狩猟時代からの男女の役割を考えれば、女子のほうが総じてコミュニケーション能力が高くなるのは明らか。
これは完全に俗説ですね。
人類学・心理学の実証研究では「女子の言語能力やコミュニケーション能力が生得的に高い」という証拠は存在しません。
性差はごく小さく、統計的に意味がある差は環境や文化によって消えたり逆転することが確認されています。たとえば Hyde (2005) のメタ分析(Hyde, J. S. (2005). The gender similarities hypothesis. American Psychologist, 60(6), 581–592.)では、言語能力や数学能力の男女差はほぼゼロに収束していることが示されています。
>女子が語学が得意なのは日本に限った話ではない
これも間違い。
OECD PISAの読解力データでは確かに女子が高得点の国が多い一方、英語圏や北欧の一部では差が小さく、教育制度や文化的期待の影響が強いとされます。つまり「女子は語学が得意」というのは能力差ではなく社会的刷り込みや教育の帰結です。
>一般試験の科目構成は男子に最適化されている
逆です。
入試数学における男女差は、女子の進学選択や教育機会に強く依存しています。米国ではSAT数学で男女差が縮小傾向にあり、大学レベル・大学院レベルでは統計的に差が消えるのは既に繰り返し示されています(Hyde & Mertz, Science 2009)。
つまり「制度が男子に最適化されているから女子は不利」ではなく、教育機会・自己効力感・期待の差がスコア差を生んでいるというのが国際的な研究の結論です。
>礼法や作法は女子のほうが重視されるのは必然
これも「社会的規範の押しつけ」であって、生得的必然性はゼロです。
文化人類学的に見ても、礼儀や作法は階層秩序を維持するための制度設計であって性差の必然性はありません。日本における「女子は所作を美しく」という教育は戦前の家制度と女子教育令の延長にすぎず、科学的裏付けはありません。
結論。
生物決定論に寄りかかった俗説を事実扱いしているだけで、エビデンスはゼロ。実証研究の積み重ねは「男女差は小さく、環境や社会制度が大きく左右する」と繰り返し示しているのだから、狩猟時代や外見云々で語るのは学問的にも時代的にも通用しませんよ。
小池都政になってから早9年。
石原都政も改善できなかった闇??
都立の男女定員制は2024年に廃止済み。現行制度では男女一括募集に移行していて、「闇」どころか制度的にはすでに清算されていますが。
いつから時計が止まっているやら。
新聞も読んでいないご様子。
まずは早く2025年に追いついてくださいね.。
そんな状態で、日常生活がまともに送れているのか心配です。






























