充実した教育環境の日大付属高校
別学共学はもう古い、雑学の時代到来
別学共学の議論が繰り返され、別学の都立校を作ろうなどというスレが立っていますが、別学とか共学という分類自体が古くないですか?
どうして性別だけをそんなに意識しなければいけないのか。
もう性別を一切問わない雑学の学校があっても良いと思います。
・生徒は性別も性自認も性嗜好も自由
・男女別の募集や選抜を行わない
・制服もユニセックスのパンツスーツのみ又は私服
・体育の際の更衣は個室
・トイレは全て男女共通の化粧台付き個室
・宿泊行事は希望者のみ、部屋はシングルユース
どうでしょう
そう、実は中高からでは手遅れなのではないかと思いますが。
就学前から家庭で、社会での刷り込みは始まっているから、それをリセットできるとしたら小学校かな、中高から始めるなら全寮制などにして家庭や社会から距離を置く必要があるかもしれない。
日本の小学校では既に女子が主張をしにくい雰囲気があると思う。
ちょっと横に逸れるけれど日本の学校ってインプットとアウトプットのバランスが悪いように思う。時間の余裕がないのかもしれないけど、知識の詰め込みはほどほどにして集団教育でしかできない意見の交換やチームワークなどを充実させれば良いのにと思う。
> 少子化を食い止めたいなら、結婚を促進するよりも、結婚した人に少しでも多く子どもを設けてもらうか、結婚しなくても子どもを育てられるようにするほうが手っ取り早いですよ。
結婚した夫婦の平均出生数は、50年前と大きく変わっていないのだから、少子化を食い止めるには、いかに結婚数を増やすかどうかだよ。 結婚はきっかけがすべてだから、一緒に生活していくうえで相互に補えることを知るのも一つのきっかけだよ。
刷り込みの早期性に触れられたのは的確です 笑
実際、発達心理学や教育社会学の知見でも、初期環境がジェンダー観や自己効力感を強く規定することは示されている。
重要なのは、就学前や小学校段階で、家庭や地域の偏差を中和するための仕組みをどう設計するか?です。
考えるに、小学校教育が持つ潜在能力、起点は三つ。
ひとつは「集団規範を作り直す場」であること。
家庭で植え付けられた固定観念も、同世代との対話や協働経験を通じて修正される。だからこそ、先生が知識の伝達に終始しては意味がなく、仰っている通り、アウトプット型の学習設計が要になります。
ふたつ。
モデルの多様性を見せられること。教員配置や教材選択で、性別や役割の固定観念を揺さぶる実例を子どもが自然に浴びられる環境を作ることができる。
3つ。
子どものうちに「自分もやればできる」と実感する最初の機会を持てるかどうか。
つまり、小学校は言うなれば、自己効力感。。。学術用語じゃ固いな
•「やればできる感」
•「自分にもできる実感」
•「挑戦してやれ!感」
•「自信の芽生え」
•「手応え」
を、獲得する初期の臨界期であること。
この経験ってその後の勉強や進路に直結する。
例えば、発表で自分の意見が受け止められたとか、工作で形にできたとか、そんな体験があると「挑戦していいんだ」という気持ちが芽生える。小学校はまさにそのスタート地点になるのです。
成功体験や表現の機会が早い段階で与えられるかどうかが、以降の進路や学習持続力、モチベを大きく左右すると思う。
論点は性差教育をどうするかではなく、初期教育のデザインを通じて、家庭や社会が持ち込む古い物語をリセットできるか?にあるんじゃないですか?
スレ主さんの仰る、アウトプット、チームワーク重視の指摘はまさにその方向性で、寧ろこれを「制度として埋め込む」ことが問われているのだと思う。
>結婚した夫婦の平均出生数は、50年前と大きく変わっていない
夫婦の完結出生児数は下降の一途を辿っていたのが50年前から2.2あたりで安定。しかし2005年からさらに低下し2021年時点で1.9です。14%減は大きいですよ。
しかも、もっと子供が欲しいという夫婦が既に居るのだから、ここに対処する方が手っ取り早いと思う。
結婚離れは、こういっちゃ何だけれど、女性から見ると専業主婦が肩身狭くなり結婚による経済的メリットが薄れた今、家事・育児・介護の負担増でデメリットのほうが大きく感じられるからだと思う。
男女の性差に応じた分担といいつつ、外に出て働くという点について女性の力を求めるところに矛盾があるのよ。
家事は妻の仕事、子育ては母の仕事、介護は嫁の仕事、という感覚が無くならないと、結婚は損得で言えば損なの。
それを超えるほど魅力的な男性は多くないからね、、
極端な話、本気で人口を増やしたいなら、結婚を前提としない出産も支援するといいよ。夫は要らないけど子供は欲しいという女性もいるからね。そのような女性同士がシェアハウスで助け合いながら生活するとか出来ると良いね。
これがさらに進むと、優秀な男性だけが子孫を残せるようになる。むしろ生物としての生存戦略としては正しいのかな。
そうなる前に、何とか子孫を残したい男性は家事育児介護なども積極的に分担して「産んで頂く」しかないのでは
やっぱり幼児〜小学校の教育を検討するのはかなり面白そうですね。
幼・小・中・高の一貫教育校。しかしコンセプトを全ての教職員と保護者にしっかり理解してもらうのはかなり大変そう。保護者の意識が違うといくら教育しても無駄だから、保護者の面接は時間をかけることになるだろうなあ。
いややっぱり家庭や性差別に溢れた社会から離して全寮制かなあ。
もしかして軽井沢にできたインターナショナルスクールとかもそういう思考の流れでできたのか?
単純に考えれば少子化は
家族として使えるお金がない。
(自分で使うお金を確保して家族に差し出す分)
女性が家族の財政を支える立場の場合
子供を産んで休む間の生活費への不安→あり。
育児中の時短への給料カット→不安。
男性がその場合
子供を産んで休業チュの生活費への不安→なし。
育児中の時短への給料カット→不安。
男女ともに稼いで合わせてやっと家族経営できるくらいなら分業したほうが良い。そして生むのは女性。なので男性が働き、女性が家を守るのが効率的。
でも、両方とも稼ぎがよければどっちでも良いのよ。
女性も産休、育休、時短になる前に貯めれるし。
男性も基本給がそれなりの額の人なら育児休、時短でも
家族の生活は変わらない。
男女共働きが良いのか、役割で家族運営するのか、
その人のできる方を選べば。
最近は「子」による減給は補填されるようになってきているしね。
今の首都圏は男女共働き主流、自分で使うお金を確保した上で家族運営に使えるお金が残らない。だから一人でいる事を選択する。というのが少子化の1つの理由。
では賃金が上がれば少子化が止まるのか?
「自分で使うお金」というのがポイント。
使う額が大きくなると使うための時間も必要(旅行なり買い物なり、習い事なり、追いかけなり)そうなると
家族として使う時間がなくなる。結果、一人を選択。
どのくらい「自分で使う」のか、「家族で使う」のか?
そのバランスで決めてるんじゃない?世帯所得が多くなくても「自分で使う」お金を控えて「家族で使う」お金に当てて子供を2人、3人、育て、それを楽しんでいる家族もあるからそれぞれの価値観でしょう。






























