今年入学した高1生が語る青春リアル
大学学部までは日本語で教育する
やたら英語が重要と言われているが、日本には日本ならではの情緒や歴史、文化がある。
子供の頃からしっかり日本のことを学び、大学学部までは日本語でしっかり教育する。英語はあくまで手段であって「使えれば良い」という程度の物。
英語偏重は日本の文化、歴史、日本人の情緒を破壊する。
俳句も和歌も漢詩も理解できずに洋楽を英語で歌う日本人を作ってどうするのか?
あぁ、現役の研究者でも毎日のように文献検索をしますよ。そう、調べ物です。これも探究研究には必要です。
何かを思い、それについて現在までにどのような事が知られているのか?
実験結果がでて、それからどのような考察ができるのか?
それは過去のエビデンスをなぞりながら展開して行きますから。
中学生はまだその入口です。
あくまで個人的な考えですが、学校に求めることは、生徒の好奇心を刺激するための種まきしてくれればそれで十分。本格的な調べ物やそもそも研究対象を見つけるのも大学生からでいい。それまでに、しっかり思考力と幅広い知識を身につけつつ、学校行事や部活も積極的主体的に楽しんでほしい。推薦など大学受験を見据えての探究もどきはいらない。
所謂探究活動は、やる子は勝手にやるし、好きなことを突き詰めてる生徒を見守る学校がステキ。そして、それを可能にする余白のある学校を我が家は選びたい。
ただの放任と勘違いする人もいるけど、難関校はレポートの書き方は中1からみっちり叩き込まれるため、普段の課題からして提出物のレベルが高く心配無用。
中学生の調べ物なんてたかが知れてる上に、たいして興味ないもので探究ごっこしても意味ないので、探究を売りにする学校は逆に信用してない。探究に飛びつく親にもちょっと引く。
探究と探求の混在、これは恥ずかしい…。失礼いたしました。
>文科省の学習指導要領に反対ってことですか?
高校生や大学1年生に必要なのは、いまどこにいるかを知ること(見当識を得ること)で、探究はそれからで十分ではないでしょうか。文科省の「探究」に関する認識が甘いと思います。探究は苦しい、際限はないし、飽きるかもしれないし。私自身は、高校時代は「探究」したいことがいろいろあった。大学入学後に、それに没頭できた。それでいいと思っています。
探究学習をやらない学校ってあるんですか?
学習指導要領に探究の科目がいくつかあるし、それ以前から探究という名前で呼ばなくても実質的に探究をやっている学校が多くないですか?
筑駒、筑附は探究させる授業が多そうですよね。
以前から、大学入試に直接関係ない探究的な授業が魅力の一つだったのではないでしょうか。
麻布、駒東、海城、桜蔭、渋幕、渋渋などが論文を書かせるのも探究ですよね。
武蔵も何かやってそう。
そういう回答だと伝統校の人間が困るんだよ。
伝統校は教育という制度の枠で探究するものではなく、みずから探究するものが真の探究だ
と叫び続けている人をみてもわかるとおり。
伝統校が探究学習で、
渋谷系などが探究学習に加え、グローバル教育も行っていると伝統校は困っちゃうでしょ




































