今年入学した高1生が語る青春リアル
東大が英語授業の新学部2つを設立予定、英語に強い学校のニーズはさらに高まる?
東京大学
1. AIや宇宙のほか、半導体やロボット、量子科学などの幅広い先端分野を扱う「ディープテック学部」(仮称)
2. コンピューター科学を専門とする「コンピューティング学部」(仮称)
2031年度に進路として選択できる予定。
定員は計約400人で、講義は英語で行う。
中高で英語に強い学校だと、授業の理解度も早そうだね。
当たり前だよ。このスレは東大に2学部できるけど、どの中高が良いのか、というお題だからだよ。
筑駒は東大入試のために、鉄緑率がトップであるように、真の探究とは違って、東大入試のための学校と位置づけている生徒が多いのが実態。
このスレに限らず、全てのスレで、探究を大学入試の文脈のみで語ってますよ。
>筑駒は東大入試のために、鉄緑率がトップであるように、真の探究とは違って、東大入試のための学校と位置づけている生徒が多いのが実態。
だったら、あなたがアピールする国際系も真の探究とは違って、東大入試のための学校ですね。
あと、給食型選抜入試って何?
男子の偏差値序列は大まかにいうと東大合格数や東大現役合格率等に比例している。
つまり、東大等の大学合格実績で進学先を決めているのが実態。
それを無視して、筑駒の教育が優れているからというのは後付けにすぎない。
桜蔭にいくのは、部活が緩くイベントが少なくやりたいことに集中できるからという桜蔭保護者が良くいうセリフのとおり。やりたいことがほとんど鉄緑通塾になっている。今や東大を目指す塾に1000人も通塾している。
学校の教育内容等で学校を選んでいる人間がどれだけいるのか。
>桜蔭にいくのは、部活が緩くイベントが少なくやりたいことに集中できるからという桜蔭保護者が良くいうセリフのとおり。
違うね。
私はとにかく女子校が良かった。
そして難関が良かった。
だけど宗教色のある学校はイヤ、クリスチャンですけどね。学校は離れたかった。
加えて、文化祭で感じた雰囲気、地味、派手さゼロ、オタ臭。それが許される雰囲気?
部活は別に緩くもない。運動部は少ないが。文化部は盛ん。実際私もディベートにめちゃくちゃ燃えて青春してたし。
やりたいことに集中できるじゃなくて、放っておいてくれる空気、オタを否定されない空気が決め手。
周りに聞いても結構似た様なものだと思う。難関、宗教無関係、どっぷり沼れる空気。
世代が変わってもあまり変わらないと思う。
キラキラ1軍は性に合わない。
まあ今はド派手ですけどね。
>まだわかっていないようだが、早慶が筆記試験のみの一般選抜入試の募集を減らしているのは東大落ちはとらないという意思表示なんだよ。
違うと思いますよ。
一般入試の間口をせまくして、偏差値を維持するのが一番の目的で、他は後付けですよ。
少子化に対応しているだけ。
文系ならともかく理系は学力がないのが入っちゃったら哀れです。
東京一工は枠を狭めて偏差値を維持する必要はないので、文科省の圧力に負けて入試改革をしているのですよ。
発表されている理由は後付けだと思います。
文科省は大学に入試改革を押し付けて、さも頑張ってやってるフリをしている暇があれば、小中高の教育改革をしたらどうなんですかね。
女子が理系に少ないのも、日本人が英語を話せないのも、コミュニケーション能力が低いのも、
大学の入試制度のせいじゃなくて、小中高の教育と教師の質のせいではないのですか?
議論が大学の選抜方式をどう弄るか、という表層で止まっている時点で、本筋から外れていますよ。
早慶が一般枠を絞ろうが、東大が改革を迫られようが、それは制度の末端で起きている微調整に過ぎない。
少子化だから枠を狭めるとか、偏差値維持のためとか、東大落ちを排除したいとか、どれも需給管理の話であって、教育という仕組みの要石にはまったく触れていない。
本当に問題なのは、大学入学時点で選抜しても、そこで測れるものの範囲が極端に狭いという構造そのものです。
数学を課すべきかどうか、推薦を増やすべきかどうか、筆記の比率をどうするか、その議論はすべて入口の形状の話のみで止まった、全く進歩のないお話です。
中身の質、生産力、研究力、人材の厚みといった核心にはこれまた全く手が届いていない。
そして、女子が理系に少ない、英語を話せない、コミュニケーション能力が弱いという現象も、大学入試の改革以前に、小中高の学びそのものがどんな人間を育てるのかという設計思想を持っていないことから生じているだけです。
ここが歪んでいる限り、どんなに大学が入口を変えても、結果は同じところに収束する。
つまり、入試改革に後付けが多いのではなく、議論そのものが本質に届いていない。
大学の側がどれだけ枠を動かしても、初期条件である学習経験、言語能力、探究心、家庭環境への支援が整っていない社会では、出口の質は安定しない。
本来問われるべきは、大学の間口の広さではなく、そこに至る以前の教育が、どれだけ主体的に学ぶ人間を育てられているかという設計の深度です。
入試制度に原因を見出す限り、ずっと同じ地点をぐるぐる回るだけです。
ま。
ここの議論擬きを見る限り、しばらくか、ずっと続きそうですけどね。
>女子が理系に少ないのも、日本人が英語を話せないのも、コミュニケーション能力が低いのも、
大学の入試制度のせいじゃなくて、小中高の教育と教師の質のせいではないのですか?
確かに大学だけでなく小中高の教育の影響もありますね。
でも一番の原因は、出る杭を打ちたがる日本人のメンタリティの問題だと思いますよ。
チャレンジして失敗した人へ冷ややかな視線を向けるような社会、空気を読み控えめな態度を美徳とするような社会ではねえ。大人が率先してそのような態度を変えないと、学校教育のせいにしていても何も変わりません。




































