今年入学した高1生が語る青春リアル
東大が英語授業の新学部2つを設立予定、英語に強い学校のニーズはさらに高まる?
東京大学
1. AIや宇宙のほか、半導体やロボット、量子科学などの幅広い先端分野を扱う「ディープテック学部」(仮称)
2. コンピューター科学を専門とする「コンピューティング学部」(仮称)
2031年度に進路として選択できる予定。
定員は計約400人で、講義は英語で行う。
中高で英語に強い学校だと、授業の理解度も早そうだね。
>子どもたちの好奇心、探究心、学びの楽しさをサポートする教育に徹すべき。
>体系的な知識を授けてきた今までの教育は失敗だった。その反省が不可欠。
好奇心探究心を育んでくれて体系的な知識も身につく伝統校でよかったと、心から我が子の学校に感謝しています。
そうですね、両方必要ですね。
エデュでは一部の人が、伝統校は受動的な知識学習が中心で、新興校は好奇心や探究心を育んだり能動的な探究学習が中心であるかのような変な主張をしていますが、実際はそんなことは無く、伝統校も新興校も両方やっている学校がほとんどなのではないでしょうか。
どちらにどれだけ力を入れているかは学校によって違いがあるでしょうけど、伝統校は知識寄り、新興校は探究寄りという偏りも無く、伝統校にもいろいろあり、新興校にもいろいろあるというのが実態ではないかと思います。
5年間に300億円を投じ国内外から優秀な研究者を獲得する。
6月、東北大が発表した破格の計画は、大学関係者に卓越大学の力を見せつけた。
今や関東出身者の方が東北出身者より学生数が多くなっている。
東北大が卓越大学で東大が今回とれないと、東北大が東大との差を一気に縮める可能性大。
東北大も東大新学部も英語授業、留学生半数とし、筆記試験のみの一般選抜入試を廃止。
中学受験の学校選びは、将来を見極めた教育を選ぶ場。グローバル化、理系探究化が同時に進んでいる。
東北大が挑戦していること自体は否定しません。ただ、挑戦しているから可能性があるという語り方は、制度論としてあまりに平面的です。挑戦は条件であって価値の証明ではない。挑戦というラベルを貼った瞬間に、制度の設計そのものが思考から抜け落ちるのは、SGUや指定国立大で散々見てきた構図です。
挑戦が目的化した組織は、外からは動いているように見えて、中では持続性の前提が削られていく。強い大学をより強くすること自体には異論はありませんが、その差をつける仕組みの方が脆弱なら、結局は短期の見栄えだけを競う政策ショーになる。問題はここです。
そして、まず改革した大学に資格があるという発想は、政策評価として完全に逆立ちしています。本来は、改革の設計密度が資格を生むのであって、動いたか動かないかの二択で語る話ではない。
関東出身者が増えたという話も、因果が全く分解されていません。学費か、広報か、研究力か、地域人口の変化か、そのどれがどれだけ効いているのか分からないまま相関だけを成果に見せるのは、改革議論で最もやってはいけない手法です。
挑戦が大事なのではなく、その挑戦がどの生態系を壊し、どんな新しい生態系を再構成する設計になっているのか。そこが押さえられていない限り、挑戦という言葉はただの勢いづけでしかない。
挑戦は条件
価値は設計
持続性は配分
この順番を逆にした瞬間、制度は必ず形骸化します。ここが本題です。




































