今年入学した高1生が語る青春リアル
東大が英語授業の新学部2つを設立予定、英語に強い学校のニーズはさらに高まる?
東京大学
1. AIや宇宙のほか、半導体やロボット、量子科学などの幅広い先端分野を扱う「ディープテック学部」(仮称)
2. コンピューター科学を専門とする「コンピューティング学部」(仮称)
2031年度に進路として選択できる予定。
定員は計約400人で、講義は英語で行う。
中高で英語に強い学校だと、授業の理解度も早そうだね。
東大の新たな学部は半数が留学生、おそらく4分の1以上は帰国子女、なので東大のメンバーが今までの男子校出身者多数から大きく変わる。
早稲田国際教養学部は留学生3割、帰国子女4割、その他日本人3割。なので、英語が母国語並みにできる人が多数いる中で必死に食らいつく日本人となる構図。しかも日本にいながらマイノリティのような生活。
講義形式からPJに変わる等、主体的な学びというのも魅力。
話を大きくし過ぎています。
ここで言っている総力戦は、日本が単独で世界に対抗するという意味ではありません。
複数の国内拠点が、それぞれの強みを持ったまま、国際連携に耐える編成を組めているか、という話です。
欧米が強いのは一体化しているからではなく、どの大学・研究拠点がどの役割を担うかを分業した上で外と組んでいるからでしょう。
SFC、京大総合人間、一橋データサイエンスといった先行例も、国内で完結するためではなく、外と接続するための足場です。
その足場を点のまま放置するのか、線にするのか。
総力戦という言葉が指しているのは、その編成の話であって、精神論ではありません。
いずれにしても日本の中の狭い世界の話。国内拠点の点を線にするとか、そんな小さな話では生き残れない。
日本人が半数くらい米国やアジアにいって、日本国内には外国人が半数くらいにする覚悟と努力が必要。
東大はスタンフォードやハーバード等と相互に数百人単位で交換留学するくらい太い繋がりが必要。
改めて、総力戦というコトバはここでは、同類・同輩のヨコのつながりを密にして、その結合体によって国際的な課題解決に貢献する、という意味です。おそらく、そのような日本的知恵で立ち向かうことで解決しやすい問題が、世界にはあると思います。例えば、こども食堂を、膨大な実践例をふまえて、いくつかに方法化し、新しいコミュニティ形成のメニューに仕立てて広く提供出来ないでしょうか。
結構
言い当てている所、あると思う。
色々あるけど今、専門家やその知識、経験を欲しいと思っている省庁、官僚が手を伸ばしていないわけじゃない。
ではなぜ、世界と比べて劣性に立たされているのか?
海外では最初に滅ぶ学部はレベラルアーツだとされている。なぜか?海外の大学では当たり前の教養になったから。
日本も100年前はそうだった(きっと)。でも文系、理系になり専門性で世界のトップを目指した結果、
・基本的な学問(共テ全科目8割とかね)の上に専門が築き上げられる
という事がなくなった。
そして海外は今、教養が当たり前の上に専門性をのせてきていて、大学などでは優秀層(色々な分野に興味を持っている層)はダブルメジャー、トリプルメジャーで卒業する学生も。学問横断で新しいイノベーションにかかっている。
一方で日本は一般教養がない上に専門を載せているので専門を活かしきれない。
日本の総合型入試、これはさらに一般教養がない上に専門を上に載せようとしている傾向であったことは私立がすでに証明済(入学後、学力がないから卒業できない)。だから年内入試、学力試験が認められている。
国立はその点、千葉工大の女子枠が示しているように定員割れしていても共テおおむね7割という基準に達していない学生の入学を許可していない。東大も8割としている。
おそらく定員割れしても入学を許可しない。この点である程度の学生の質を確保している。私大の総合型とは一線を画する。
総合型入試という言葉にかくれて優秀そうの新しい確保手段にでたという所。この学生たちに何ができるのか?楽しみである一方、経験がない学卒(修士)で政策決定の省庁にいれるのは反対。せっかくの人たちは民間で経験をして、それを国に持ち帰るルートをつくるべき。
そしてグローバル。これはやりたい事がある人が実現できる政策を打ち出している国で生きれるという事。規制緩和が難しい国で先進的な事をするのは無理。
そしてバカの壁はあるし、数の利は民主主義ではあるので馬鹿が多い国ではそれは数が勝つ。できるのは上手に使う事。それは文系が得意。だから日本は文系8割。これは日本がどのような国なのかを大きく物語っている。
今、理系を増やしたいと気付いた官僚は優秀よ、という事。
外国はすでに生きたい社会をめざして移動して生きていく事をしている。中国もね、アメリカもね、カナダもね、オーストラリアもね。人種による国境という概念は崩れつつあるよ。思想的国境が生まれてきている。
>中国もね、アメリカもね、カナダもね、オーストラリアもね。人種による国境という概念は崩れつつあるよ。
これらの国は多民族または移民国家で、そもそも人種による国境という考えをもたないです。というより、現存する国家の多くは国民国家であり、人種=国民でも、人種=国境でもないと思いますが。




































