アートの才能を伸ばす女子教育
受験学力以外のもの
受験学力を上げるためにせっせと予備校通いして青春時代の貴重な時間を費やすことに意味があるんだろうか?
共通テストレベルで基準点が取れればもう受験勉強点取りレースはやめて、部活や運動、読書、趣味などに時間を使った方が将来有望な大人が出来るのではありませんか?
アメリカのようにAO入試で本人のやる気や将来性、適性見て入学させる方が良い人材選べるのでは・・・と思います。
また同じ話に戻っていますね。何ループ目でしょうか。
東大離れ、海外志向、課題設定能力、創造力重視、一般選抜は消える。。。
この一連のフレーズ、無限ループです。
まず、最優秀層が海外大へ、という話。それ自体は昔からあります。
しかし現実には、最優秀層の相当数は依然として東大に進学している。開成・灘・筑駒の最上位層の進学先を見れば明らかです。「東大離れが止まらない」という程の構造変化は起きていません。
東大新学部や東北大ゲートウェイカレッジの創設も、制度の一部の拡張に過ぎません。
それだけで入試の主流が消える、というのは飛躍し杉。
更に、課題設定能力や創造力を選抜する、という話も、これも何度も繰り返されていますが、ではそれを大規模かつ公平にどう評価するのか、という核心には触れられていない。
理想は語れても、制度設計は別問題です。
だからこそ、どの国でも筆記試験は依然として残っている。
そしてもう一つ。
課題設定能力、創造力、構想力。。。
この辺りの概念自体、既にポストAI時代では再定義されつつある。
AGIが現実味を帯び、ASIが議論され、シンギュラリティ後の社会すら想定される中で「課題設定して価値創出する人材」という十数年前の教育スローガンを繰り返すのは、時代の変化すら感知できない不感症でしょう。
AIは既に
課題抽出
仮説設定
解決策提示
価値創出提案
この一連を高速で実行し始めている。つまり、その能力を理想像として掲げること自体が、既に陳腐化しつつある。
社会は確かに変わっています。
しかし、その変化は「推薦が増える」「一般選抜が消える」といった単純な方向ではありません。
同じスローガンを繰り返すだけでは、議論が一歩も進んでいないように見えてしまいますよ。
ご自愛くださいませ。
東大は30年前までは1万人以上の志願者数がおり、優秀層はとりあえず東大という世界だった。
その後、リーマンショックあたりから不況の影響で医学部志願者数が10万人を超えるようになり、優秀層は東大志望者、医学部志願者となった。
しかし、現在ではAIの台頭により東大理1が注目されるようになってきた。また、最優秀層の多くが海外トップ大を目指すようになってきた。
筑附、灘、開成は今まで産官学のリーダーになってきたが、このリーダーたちは、日本を失われた40年にしてしまった。
もはや答のある問題を解くことができるだけの人間を選抜しても未来はない。社会が必要としている能力を大学でも選抜基準とすべき。海外大でもできるのに、日本の大学ができないというのは単なる言い訳だ。
東北大はアドミッション機構が選抜するので、教職員は入試ではなく、教育と研究に専念できる。アドミッション機構はアドミッションポリシーが示す学生像に相応しいかどうかを判断する。
コトバが全く通じない様ですね。
何度も同じ主張が繰り返されるので、テンプレで対応しておきますね。
①まず、東大離れという前提。
最優秀層の相当数が今も東大を選んでいる現実は変わっていません。開成、灘、筑駒の進学実績を見れば明らかです。海外志向は昔から一定数存在しており、最近突然始まった現象ではありません。
②次に、東大志望から医学部志望へという流れ。
これも30年以上前から繰り返されてきた議論で、新しい現象ではありません。景気動向、資格志向、リスク回避志向など複数要因が絡むため、教育制度の問題に単純化できるものではありません。
③AI時代だから従来型入試は不要という主張。
むしろAGI、ASI、シンギュラリティといった議論が現実味を帯びるほど、評価の客観性と再現性のある選抜の重要性は増します。
曖昧な課題設定能力や創造力を掲げるだけでは、寧ろ恣意性が高まるリスクすらあります。
④日本の停滞を東大出身リーダーに帰する議論。
人口減少、産業構造転換、為替、資源制約、投資環境など、国家の競争力は複合要因で決まります。
単一の学歴層に責任を帰すのは、分析というより物語化に近い。
⑤海外大学はできている、という主張についても同様。
海外トップ大の総合型選抜は、巨大なエンダウメント、専門スタッフ、長年の制度蓄積を前提としています。単純に形式だけ模倣しても同じ機能は成立しません。
⑥最後に、アドミッションポリシーに沿った学生像の選抜。
これは既に日本の大学でも長年行われています。AO入試、推薦入試、総合型選抜はすでに存在し、拡大も続いています。
つまり、今語られている改革の多くは、既に進行中の制度の延長線上に過ぎません。
結局のところ、
東大離れ
AI時代
課題設定能力
海外大モデル
このあたりのキーワードを何度並べても、実証的な変化の説明にはなっていません。
無限ループで、同じスローガンが繰り返されていますが、議論としては同じ場所を回り続けているだけ。
目が回らないなんて凄いですね。いえ、褒めていませんよ?
東大新学部 すべて英語で授業の衝撃
日本の教育全体に及ぼす影響とは
という記事に、
来年東大新学部が創設され、日本の大学教育の大きな転換点になるのではないかと注目されている。日本の大学教育が世界標準へシフトしていく象徴的な動き。
社会の仕組みをどう設計し、課題をどう解決するかというデザイン思考を軸に、様々な分野の知識を横断して学ぶリベラルアーツ型のカリキュラム。
英語教育の位置づけにつき、AI等の最先端研究分野では英語が前提。日本語で情報を探すと世界の動きに出遅れてしまう。英語は標準的な能力となりつつあり、海外駐在勤務など世界に広がるケースが増え、英語ができることが前提となる場合が増えている。
こうした社会の変化を子育て世代の保護者は直感的に感じ取っている。英語を学ぶだけでなく、英語でも学べる環境を用意したいという家庭が増えている。
以上
来年は東大新学部や東北大ゲートウエイカレッジが創設され、旧帝等の国立難関大学も国際標準の大学を目指しはじめている。社会や大学がどう変わるのか?その結果、中高の教育はどう変わるのか?
東大新学部につき副学長が以下のとおり説明。
デザインには、新たな価値やシステムの創出、複雑化する社会課題の解決に向けた創造的なプロセスを含め幅広い概念としてデザインを捉えている。
東大は課題解決を願う社会からの要請が高まる中で、われわれは幅広い学術知を理解しつつ、デザインにも長けた人材を育て社会に送らなければならないという使命を痛感している。
入学者には求める人材の資質として、知力、学習能力、優れたコミュニケーション能力、英語力、論理的思考力に加えて、創造的思考力、責任感、社会正義感、包摂性、自主性、協調性。
これまでにない新しい価値をつくりたいと考えるような人に東大新学部を志望してほしい。全世界から学生が集まってほしい。
以上
東大経営層が東大新学部につき説明している記事をみても、今までの答のある問題を解くことができるだけの人材を選抜する一般選抜入試では、東大新学部で学ぶことは困難なのは明らか。
まあそのとおりですよ。
Margaux氏のカキコは、私も在学時に実感したこととシンクロしています。
東大に入ってもなんでこんなのがうかったんだろう?というのがどの科類でもいた。
選抜方法の形態がどうであっても入学後に要求されるレベルについてこれない層は必ず発生するね。
大学当局の御託を有難く受けている人もいるけど、TFTに目を通して読んでいる層には別段新規の話でもなんでもない。
社会が求める能力は、課題設定能力、課題解決能力、新しい価値を創出する創造力等であって、答のある問題を解くことができるだけの一般選抜入試で選抜しても、それは基礎学力があるというだけの話。
すでに東大入試はAIがほぼ満点とれるのに、人間がAIができる能力を競いあっても無駄だ。海外大は、基礎学力があるのは当然の前提として、自ら課題を見いだし、解決するための独創的な取り組みをしている人材を選抜している。
例えば、日本企業と協力してロケット打ち上げの人工衛星を高校生がつくったことが話題になったが、こういう人材がスタンフォード大等にいってしまっていて、東大にはAIが満点とれる東大入試のうち、何点とれるかを競いあって勝った人材を選抜している。
これでは日本の優秀な高校生は海外トップ大を目指すのは当たり前。































