アートの才能を伸ばす女子教育
受験学力以外のもの
受験学力を上げるためにせっせと予備校通いして青春時代の貴重な時間を費やすことに意味があるんだろうか?
共通テストレベルで基準点が取れればもう受験勉強点取りレースはやめて、部活や運動、読書、趣味などに時間を使った方が将来有望な大人が出来るのではありませんか?
アメリカのようにAO入試で本人のやる気や将来性、適性見て入学させる方が良い人材選べるのでは・・・と思います。
一般選抜入試がほとんどだった時代で育った人材が金太郎飴のごとく同じような人材をつくった。欧米に追いつけ、追い越せの時代はそれで良かった。
しかしバブル絶頂期以降、欧米にはない新しい価値を創造する時代になったときに、正解のある問題を解くだけの人材選抜を続けてきたために、新しい価値や新しい産業を創出できなくなった。
これが日本の失われた40年に繋がった。今は多様性の時代で、附属、指定校推薦、総合型、一般入試と様々な能力で選抜。
筆記試験も2021年までの知識、技能のみではなく、思考力、判断力、表現力が問われ、英語4技能が重視されるようになった。
さらに探究学習が教科化され、課題設定能力や課題解決能力等、社会が求める能力で選抜するようになりつつある。
今後は東大新学部や東北大ゲートウエイカレッジのように、学部から外国人留学生半数、英語授業、プロジェクト型等、さらに多様な人材を選抜していくようにしていく。
附属を批判しても附属枠の拡大は続いていくよ。
少子化で大学が学生を選抜する時代ではなく、大学がいかに優秀な人材を選抜するか、の時代だからだ。
一般選抜入試は自然となくなっていく。早慶が半数ほど推薦や総合型選抜入試で優秀な人材を青田買いしていく時代で、残った人材が一般選抜入試で敗者復活戦をする時代になっていることに気づこう。
少子化で大学が生徒を選抜する時代でなく←情勢分析として正しい
しかし、この後に続くのが「大学が優秀な生徒を選抜」では前言ったことを否定してしまってる。前段に論理的に続くのは「生徒が大学を選ぶ」となる。
そして、推薦や総合型は生徒に対して選抜を課す力を失ったワタクが「生徒を選ぶのではなく、囲い込む」ための手段ということ。
すなわち、ワタクや東北大など、競争力のない大学が生徒囲い込みのために推薦や総合型を拡大しており、逆に言えば生徒を集める力を失った推薦や総合型中心の大学の大学名にはブランド力はなくなるということ。
したがって、生徒側としては何としても推薦や総合型でなりふり構わず生徒を囲い込んでる大学でなく、一般入試で生徒を選抜できるブランド力を維持している大学を選ばないとならないというのが、論理的に筋の通る帰結。































