入学後の不安が安心へ明誠の宿泊研修
中学受験ママの息抜きスレッド
日々の子育てお疲れ様です。
そんな私達の日々の潤い、美容、ファッション、音楽や趣味を語りませんか?
お互いの批判やら、浅いなどのマウント等もやめてくださいね。
ゆる〜くいきましょ?
八丈島の黒砂、わかります。
あの “南国なのに火山島” 感は、日本の島の中でもかなり独特ですよね。
八丈島に小笠原テイストを加えるとハワイ、という表現も妙に納得しました。
本州とは空気の粘度そのものが違う感じがある。
あと、モーリシャス好きというのも非常によくわかる気がします。
ハワイは、良くも悪くもアメリカ的に整えられた南国ですが、モーリシャスはもっと文化の混ざり方が濃厚ですよね。火山の色彩感覚も独特。
しかし、本当に最近の航空運賃は高騰してますね。
私はまだ30代なので勢いで飛べてしまう部分がありますが、世界中を飛び回ってきた60代の母を見ていると、やはり年齢と共に “長距離移動そのもののコスト” は大きくなるのだなあと感じます。
あれだけ世界中へ行っていた人が、最近はかなりペースダウンしていて。
しかも本人は毎回、お金ならあるわよ〜と言っているので、結局、最後は体力なのだなとㅋㅋㅋ
小笠原のウミガメ料理好きです!
あの “ココ、本間に日本なん??!!“感、妙に記憶に残りますよね。
ライブ版を聴き直しましたが、歌い上げているのは、ズバリ、友愛なんですね。冷戦脱却への渇仰がベースにあるでしょうね。日本では、それを逆照射したのが、明菜ちゃんの、I missed the shockだと思います。
最後は体力だと本当に思う。
私は金ないけど、それなりに放浪してきて、後ろ髪ひかれるような気持ちの時は、まっまた行けば良いやで終わらせてきた。
今は直行便という言葉にやたらと惹かれてしまう。
受験に金費やしすぎて、金ないから、さらに翌日に旅行サイト見ると、帰国後にやらなくてはならないこと考えると行く気力も消失してる。
マルゴーは元気だなぁと思うが、私は老いた。
>八丈島の黒砂、わかります。
あの “南国なのに火山島” 感は、日本の島の中でもかなり独特ですよね。
水コテはちょっと違うけれど、八丈島にビーチエントリーできる部屋のあるリゾートがあればいいなと。洒落にならないレベルの台風が来るから無理かな。
見学が無くなって久しいですが地熱発電所もいいですね。地熱発電に限らず地熱パワーが好きなのです。
う〜ん深いっす。
あの時代の空気って、単なる恋愛ソングの熱量ではないんですよね。
冷戦末期特有なんでしょうか。「世界はまだ分断されている。でも、どこかで繋がれるのではないか」という、多分に時代精神を含んだ高揚感がある。
だから「二人の世界」も、男女の閉じた関係性というより境界を越えて通じ合いたいという願望に近い。
80年代後半独特の、多幸感と終末感が同時に漂っている感じ。
そして、そこを逆照射したのが、確かに明菜ちゃんなんでしょうね。この着眼はさすが西千葉さんかなと。
I missed the shock は、接続への憧憬というより「刺激」や「衝撃」ですら空洞化していく時代の温度があるのかな。
ティファニーが、まだ“世界と繋がれる”と信じていた側なら、明菜ちゃんは既に“繋がれないまま都市だけが加速していく感覚”を先に掴んでいた。
だから80年代末って、バブルというより、実はかなり繊細な時代だったのかなあと思います。
八丈島って、リゾート化し切っていないところが逆に魅力なのですが、もし本当に海へそのまま降りられる低層ヴィラ群みたいなものが出来たら、かなり唯一無二でしょうね。
ただ、仰る通り、あの海と台風は “南国リゾートを人間側の都合で整えさせてくれない自然” を感じます。
そこがハワイともまた違う。
ハワイは巨大観光資本が自然をある程度制御してきた場所ですが、八丈島や小笠原は、まだ自然側の圧が勝っている感じがある。
あと、地熱パワー好きというの、妙にわかります。
火山島って、景色だけでなく、地球の内部がまだ動いている感覚がありますよね。
温泉もそうですが、地熱発電所って、文明と地球のマグマが直接繋がっている感じがして妙にロマンがある。
あの、地球の内部が露出している場所への妙なロマン、憧憬というのか。最近だと、もはや溶岩研究家みたいになっている滝沢秀明さんを見ていても感じます。
火山や溶岩への傾倒が、完全に観光の域を超えている。
奇界遺産フォトグラファーの佐藤健寿さんも、火山や溶岩地帯に強く惹かれて世界中を巡っていますが、あの感覚は単なる絶景好きとは少し違う気がします。
私もハワイ島の溶岩台地を見た時、ああ、この星まだ生きてるなと変な感覚になりました。
カウアイやハワイ島ばかり語っていると、ハワイ通ぶってオアフを観光化された島と軽く扱ってんじゃないの?と思われていそうだけれど、結局、多くの人間を最初にハワイへ堕とすのはオアフなのだと思うし、私もそうだった。
最初に降り立った時の感覚を、未だに妙に覚えている。
空港からワイキキへ向かう車窓。突然現れるダイヤモンドヘッド。湿度を含んだ風。視界の端に入り続ける青い海。
ああ、世界には本当に空気の機嫌がいい場所”が存在するのだな、と。
ワイキキは、冷静に見ればかなり人工的な観光都市だ。
ブランド街。巨大ホテル。絶え間なく流れる観光客。なのに、不思議と嫌いになれない。
おそらく、あそこには 世界中の人が少し幸せそうに歩いている空気があるからだと思う。
何日か滞在すると、人はだいたいレンタカーを借り始める。
そこから先で、オアフの本当の中毒性が始まる。
朝まだ暗いうちにパリ・ハイウェイを抜け、カイルア側へ向かう。途中でコンビニコーヒーを買い、ラジオを流しながら走るだけで、妙に幸福感がある。
自分がスクリーンの中にいるような感覚、いや。錯覚。
ラニカイへ着く頃には、犬を散歩させているローカルたちが自然に Good morning と声をかけてくる。
あの距離感が好きだ。
東京では、知らない人同士が朝焼けを共有することなど、まずない。
東側へ回ると、コオラウ山脈が突然現れる。
あの山肌、どう見ても日本の山と違う。
切り裂かれたような稜線。雨雲が引っかかる空。一気に降って、一気に晴れる天気。
島そのものが呼吸している感じがある。
カネオヘ辺りまで行くと、海の色がまた変わる。
干潮時だけ姿を現すサンドバー。遠浅の海。ホヌが普通に泳いでいる光景。
初めて見た時、あまりに現実感がなくて、映像作品の中に入り込んだ気分になった。
さらに北へ上がると、空気が少し田舎になる。
古いガソリンスタンド。雑な看板。プレートランチ屋。道端のシュリンプトラック。
観光地なのに、生活感がちゃんと残っている。
ノースショアまで行くと、今度は島全体の温度が変わる。
冬の波の日など、もはや海岸全体が競技場だ。
巨大レンズを抱えたフォトグラファー。波情報に張り付くサーファー。道路脇で波を眺め続ける人たち。
あそこには、単なる観光ではない、人生を波へ賭けている人間の熱があるのだ。
そして最後は、結局またワイキキへ戻る。
アラモアナ辺りで夕陽を見ていると、世界中から来た観光客たちが、言葉も国籍も超えて同じ方向を眺めている。
あの光景を見るたび、観光地というものも悪くないなと思いながらニヤけている自分に気付く。
オアフは、魂を休める島ではない。
むしろ、人間を少しだけ陽気にさせる島だ。
そして多分、多くの人は最初にそこでハワイに恋をする。
私もそう。
Aloha, Oʻahu.






























