アートの才能を伸ばす女子教育
中学受験ママの息抜きスレッド
日々の子育てお疲れ様です。
そんな私達の日々の潤い、美容、ファッション、音楽や趣味を語りませんか?
お互いの批判やら、浅いなどのマウント等もやめてくださいね。
ゆる〜くいきましょ?
初夏の午前。
トヨタ系の大きな工場の敷地を、担当者の後ろについて歩いていた。5月なのに真夏の様な照り返しの強いコンクリート。遠くで唸る搬送機。白線で区切られた通路の向こうを、無人搬送車が静かに横切っていく。巨大な産業の内部は、無機質というより、むしろ過剰に整っていた。埃すら管理されているような空間だった。
その床に、小さな白い紙片が落ちていた。
最初は切り屑かと思った。工場では、そういう微細な異物に皆が敏感だ。だが、何となく気になってしゃがみ込み、指先で拾い上げた。
折り鶴だった。
5mmほどしかない。いや、もっと小さかったかもしれない。白い紙を、誰かが信じられない精度で折り続け、最後に翼まで作っている。掌の上に乗せると、それは工業製品の世界に紛れ込んだ、途方もなく個人的な何かに見えた。
不意に昔の光景がフラッシュバック。
電車の中。
多分県立高校の女子生徒。
夏の電車。クーラーは効いているが、ちょっとムッとする人混みの中、吊革を握る人たちの腕が汗ばんでいる。彼女は座席に座らず、扉の脇に立ったまま、俯いて何か細かい作業をしていた。
化粧でもしているのかと思った。
だが近くで見ると、指先にあるのは針だった。
その針先で、小さな紙を折っている。
信じられないほど小さな折り鶴だった。
器用、という次元ではない。呼吸を乱せば潰れてしまいそうな世界を、彼女は淡々と作り続けていた。電車が揺れても、周囲の乗客がぶつかっても、彼女の指先だけは静かな水面のようだった。
やがて完成したのだろう。彼女は鞄から透明な小箱を取り出した。
5cmほどのケース。
その中に、極小の折り鶴が山のように入っていた。
3mmほどしかない無数の鶴たちが、ビーズのように積み重なる。夏の日差しが窓から差し込み、その小箱の内部だけが、淡い銀河のようにきらめいていた。
あれは何だったのか。
暇つぶしでも、承認欲求でもない。まして効率や生産性とは対極にある。役に立たないどころか、あまりに小さすぎて、誰にも見えない。
それでも人は、ときどき理解不能なほど精密で、美しい無駄を生み出す。
巨大工場の床に落ちていた極小の折り鶴も、あの少女の小箱の中の無数の鶴も、どこかで繋がっている気がした。人間という存在は、巨大なシステムを作りながら、その片隅で、指先にしか宿らない宇宙を折り続けている。
夏という季節は、そういう記憶を不意に浮かび上がらせる。
白く灼けた床。
金属の匂い。
午後の電車の熱気。
窓辺の強すぎる光。
汗ばんだ指先。
透明な小箱の中で揺れる、小さすぎる鶴たち。
たぶん人は、大きなものだけでは生きていけない。
都市も、企業も、国家も、結局は誰かの指先に宿った、途方もなく小さな祈りの集積なのかもしれない。
昨日は祖父の誕生日だった。
もう80代も半ばを過ぎたけれど、ありがたいことに元気ではある。
ただ、やはり少しずつ、時間の側が勝ち始めているのを感じる。
昔の祖父は、とにかく歩く人だった。
近距離でタクシーなんて考えもしない。雨でも暑くても、自分の足で行くのが当たり前という人だった。
それが昨日は、自然に「タクシーで行こうか」と口にした。
ほんの一言なのに、妙に胸に残った。
強がる人でもあった。
周囲が全員、その強がりに気づいていても、それでも強がる。
年齢や衰えを、どこか気迫で押し返そうとする人だった。
だから昨日も、鰻重のコースをきちんと完食した。
けれど、見ていれば分かる。
昔みたいに普通に食べているわけではない。
以前より少し時間をかけ、少し呼吸を整えながら、それでも箸を止めない。
毎回、途中で「あたし食べるよ? まだお腹空いてるし」と言うのだけど、絶対に渡さない。
でも、いつかは「頼むわ」と言う日が来るのだろう。
たぶんその時も、注文だけは一人前を頼む気がする。
ビールもそうだった。
昔なら平気で3杯4杯と飲んでいたのに、昨日は中ジョッキ1杯で終わった。
人は、老いを突然迎えるわけではない。
昨日まで出来ていたことが、今日は少しだけ重い。
その小さな変化が、静かに積み重なっていく。
いつまでも元気でいてほしい、と家族は願う。
でも本当は、それは少し残酷な願いなのかもしれない。
歳を取るな、弱るな、変わるなと言っているのと、どこか似ているから。
祖父にとってのひ孫たちも、曾祖母ほどには懐いていない。
時代も違うし、距離感も違う。
それでも、こういう3世代で同じ時間を囲むことには、たぶん意味がある。
食事をして、笑って、写真を撮る。
それだけのことなのに、後から思い返す記憶は、案外そういう断片ばかりだったりする。
最後に、滝の見える部屋で写真を撮った。
窓の外では、水が絶えず流れ落ちていた。
人は少しずつ変わっていくのに、水だけは昔と同じ音を立て続けていて、そのことが妙に綺麗だった。
そうか。
子供たちの目線で言えば、昨日は正確には4世代だったのか。
祖父母。
その場にはいなかったが父母。
私夫婦。
子供たち。
そして、ふと思い出した。
私にも、曽祖母がいた。
もう片方の祖父母の家で、私は確かにひ孫という存在だった。
105歳まで生きた。
大往生、という言葉以外、見当たらないような最期だった。その時に私も105歳まで生きたいと思った。
1世紀を超えて生きるというのは、もはや個人の人生というより、時代そのものを跨ぐことなのだ。
戦前も、戦後も、高度成長も、インターネットも、全部見ている。
人間というより、半分、時間の側の存在だ。
ひ孫を見られるだろうか。
いや、どうせなら、その先が見たい。
5世代。
自分の血が、自分の知らない未来の言葉で喋り、自分には理解できない文化の中で笑っている光景を、少しだけ見てみたい。
けれど同時に、そんな未来まで、地球そのものが今の形を保っているのだろうか、とも思う。
気候も、都市も、国家も、価値観も、何もかも揺れている。
105年という時間は、昔よりずっと長い。
昔の100年は、どこか地続きだった。
でも今の100年は、人類そのものが別の生き物になっていても、おかしくない。
だから昨日、滝を背に4世代で撮った写真を見ながら、少し不思議な気持ちになった。
家族写真なのに、どこか未来への観測写真みたいだった。人は入れ替わっていく。
けれど、水だけは昔と同じように流れ続けていた。
2年ほど前、祖父が庭でつまずいて怪我をした。
幸い大事には至らなかったけれど、私はその時、かなり本気で危機感を覚えた。
以前から家族内では言われていたのだ。
あの家はバリアフリーどころか、バリアフルだと。
子供たちは巣立ち、無駄に広い豪邸に老夫婦2人。
しかも当時は、ルフィの闇バイト事件が世間を震撼させていた頃だった。
目立つ豪邸。
高齢夫婦のみ。
近隣にも知られた資産家。
正直、条件が揃い過ぎていた。
しかも祖父は柔道有段者で、変に気骨がある。
もし強盗が入れば、抵抗してしまう。
そして最後は撲殺。
嫌な想像なのに、妙に現実味があった。
不思議なのは、実子である私の親世代の方が、その危機感をあまり持っていなかったことだ。
長年見慣れた実家というのは、危険ですら風景になってしまうのかもしれない。
だから私は、半ば独断で動いた。
自分の関わっていたタワーマンションの上層階を押さえ、家具も家財も全部こちらで揃えた。
あとは来るだけ、という状態にして、祖父母に引っ越しを迫った。
当然、大揉めになった。
祖父は激怒。
祖母は泣いて拒否。
親たちからは、孫のお前が出しゃばり過ぎだと言われた。
祖父からは、お前はもう孫じゃない、とまで言われた。
でも、カッとなっても最後には理屈が通じるのも、また祖父だった。私は何度も説得した。
防犯。
転倒リスク。
災害時。
老後の移動負担。
感情論ではなく、ひたすら現実を積み上げた。
祖父は最後、半ば諦めたように折れた。
祖母も、祖父に促される形で転居した。
そして、あれから2年。
今、一番マンション生活を満喫しているのは祖父である。
友人を呼びまくる。
景色を自慢する。
ラウンジを案内する。
生まれて一度もマンション暮らしをしたことがなく、あれほど嫌がっていた人とは思えない。
祖母も同じだ。
窓から抜ける風や、遠くまで続く緑の景色を眺めながら、
「死ぬ前に、こんなところに住めて本当に幸せだわ」
と、しみじみ言う。
あの時、泣いて拒否していた人と同じ人物とは思えなかった。
感謝を面と向かって伝えられることは、正直ほとんどない。
でも、それでいい。
こちらも自己満足に近い部分はある。
ただ、先日の栃木の老夫婦強殺事件のニュースを見た時、親や兄弟から、
お前のおかげで、両親は命拾いしたかもしれない
と言われた。
その言葉は、少し嬉しかった。
今の住まいは、タワーマンションではあるけれど、景色の半分が緑だ。
祖父母もそこを気に入っている。
セキュリティも厳重で、エントランスはカードキー必須の二重扉。
コンシェルジュたちも顔見知りだから、来客には自然と目を配ってくれている。
祖父にも、来客がある時は必ず事前に伝えてね、と言ってある。真面目な人だから、それを律儀に守る。
昔の豪邸には、豪邸の豊かさがあった。
でも同時に、老いは広い家を少しずつ“空白”に変えていく。
誰も使わない部屋。
上がらなくなる階段。
暗い廊下。
手入れされなくなる庭。
人が住むための家だったはずなのに、いつしか家の方が、人を消耗させ始める。
今の祖父母を見ていると、老後に必要なのは広さではなく、安心なのだと思う。
守られているという感覚。
誰かの気配が近くにあるということ。
そして、毎日ちゃんと景色が綺麗だということ。
年を取ると、人は新しい環境を嫌がる。
でも本当は、環境を変えることでしか守れない老いも、確かにあるのだと思う。































