充実した教育環境の日大付属高校
受験する学校選び
以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を目指すご家庭が顕著になっています。
探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容
面倒見が良く、イベントが多くて楽しそうな学校等の教育環境等で選ぶご家庭が増えています。
社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共有しませんか。
社会科学では、こういう議論を単一原因論と言います。
賃金水準、大学選択、起業、キャリア形成、教育制度を一本の因果で結んでいますが、それを裏付ける実証は示されていません。
まず、米国の大卒初任給が高いことと、日本の高校生が偏差値で大学を選ぶことに因果関係はありません。両者の間には、産業構造、生産性、労働市場、為替、物価、税制、雇用慣行、資本市場など、多数の変数が介在します。
次に、海外大学へ進学する高校生は目的意識が高いという主張も、典型的な選択バイアスです。海外進学を選ぶ集団は、語学力、家庭環境、経済力、情報アクセスなどの時点で一般集団とは異なります。
その集団を見て、教育制度の成果と結論付けることはできません。
さらに、日本の教育では自己探究できないから東大から医学部へ再受験する人が出るという結論は、個別事例の一般化です。特殊事例を制度全体の帰結として扱うのは、社会科学では外的妥当性を欠きます。
こうした議論は、日本で何度も繰り返されてきました。
教育を変えればイノベーションが生まれる、制度を変えれば起業家が増える。しかし、政策評価は理念ではなく結果で行うものです。
実際には、クールジャパン政策には巨額の公的資金が投入されながら期待した成果は得られず、クールジャパン機構は累積540億円規模の赤字を抱えました。また、スパイバーにも公的資金が投入されましたが、それだけで産業構造が変わることはありませんでした。
教育も同じです。
探究学習という理念を否定するつもりはありません。しかし、理念が正しいことと、その理念が賃金や起業や大学発スタートアップ増加の主要因であることは、全く別の命題です。
相関を因果と取り違え、複雑な社会現象を一つの変数で説明し始めた瞬間、その議論は学術ではなく物語になるだけですよ。
令和7年度大学発スタートアップ企業数の公表には、学生スタートアップ企業数も記載されている。
慶応 205社
東大 196社
近大 110社
京大 107社
東大は595社中196社は学生起業家だ。
京大は503社中107社、慶応は473社中205社とほぼ半数は学生起業家だ。
実は大学発スタートアップは学生時代に起業家となる人が多い。そういう意味でも思考力、判断力、表現力の重視や探究心に基づく主体的な学びという教育の転換は起業家増加の背景として大きいと言えるのでは。
記事を批判してもね。言いたいことはそこじゃないんだよ。
米国ではオープンAIの技術者の給料が7700万円、アンソロピックの技術者、研究者の給料が約1億円。
日本では東大出た技術者で日本企業にいっても数百万円。これでは、最優秀層が東大ではなく海外トップ大を目指すのが当たり前になるよ。
ということ。
今、東大生は昔の法曹、医者、研究者、官僚ではなく外資系コンサルを目指すように、給料が高いところに流れている。これが続けば、東大より海外トップ大を目指す人が圧倒的に増えるよということ。
海外トップ大がコンサル、AI、テック、宇宙、投資金融など次々と新しく付加価値の高い産業や企業群を創出した結果、日本の最優秀層は、東大ではなく海外トップ大を目指すようになるよということ。
そのデータ自体には異論ありません。
ただ、そこから探究学習や思考力重視教育が大学発スタートアップ増加の主要因だと結論付けるのは、やはり因果の飛躍です。
私は以前から一貫して、起業やイノベーションは教育だけで説明できる現象ではなく、制度、資金、人材流動性、知財、大学の技術移転、VC、コミュニティなどのエコシステム全体で成立すると書いてきました。
実際、東大周辺だけ見ても、起業支援拠点、インキュベーション施設、大学ファンド、起業家コミュニティなど、有形無形の支援が何層にも整備されています。学生起業家が増えているなら、それらを説明変数から外して教育だけを主要因と考える理由はありません。
むしろ、ご提示のデータは学生起業家が増えていることを示しているだけで、その理由は何も示していません。
社会科学では、このような議論を相関を因果と取り違えた単一原因論と言います。
さらに時間軸も一致していません。現在の学生起業家の中心は、2021年以降の教育改革を全面的に受けた世代ではありません。したがって、そのデータをもって教育改革の成果とすることは、現時点では実証ではなく仮説です。
教育改革を否定しているのではありません。
仮説と実証、理念と政策評価、相関と因果は区別して議論すべきだと言っているだけです。
その議論は、アメリカという結果を大学教育だけで説明してしまっています。
OpenAIやAnthropicの報酬が高いのは、海外トップ大学のおかげではありません。
世界最大級の資本市場、巨大なVCマネー、ストックオプション文化、高い付加価値産業、グローバル市場、そして世界中から人材を集めるエコシステムがあるからです。
大学はその一要素に過ぎません。
もし大学教育だけで説明できるなら、同じような世界トップ大学を持つ国はすべて同じ給与水準、同じ産業構造になっているはずですが、現実はそうなっていません。
さらに、海外トップ大を目指す人が圧倒的に増えるというのも現時点では予測にすぎません。海外大学進学者数の推移や、日本の最優秀層の進路変化を示す実証なしに断定することはできません。
気になるのは、議論全体がアメリカを前提に組み立てられていることです。
毎回、アメリカは給料が高い、アメリカは起業できる、アメリカは探究教育だ、という話になりますが、それは現象の紹介であって、日本へのソリューションにはなっていません。
社会科学で重要なのは、羨望を語ることではなく、構造を分析し、移植可能な要素と移植できない要素を切り分けることです。
アメリカ礼賛だけでは政策論になりません。日本の制度、資本市場、税制、人材流動性、研究投資、起業支援をどう設計するかまで踏み込んで初めて、議論は提案になります。現状は、アメリカへの憧れは語っていても、日本への処方箋が見えてきません。






























