将来の選択肢が広がる学部合同説明会
受験する学校選び
以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を目指すご家庭が顕著になっています。
探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容
面倒見が良く、イベントが多くて楽しそうな学校等の教育環境等で選ぶご家庭が増えています。
社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共有しませんか。
そもそもサーモンがいないのにカンバックの制度設計なんて夢のような話だよ。
それに中国のような市場や先端的な研究開発等期待できない日本に制度をつくってサーモンが知のカンバックをするとどうして考えるのか。
君の考え方自体否定しているわけではないが、まずはサーモンがいない状況を打破することが先だよね。高校生の最優秀層が海外トップ大等へ大挙して挑戦し、自らキャリアを切り開く人間がいてはじめて成り立つものだ。
中国のように数千万人も世界各国に移民送り出しする国なら海亀政策も妥当だろう。
しかし、日本人は海外長期滞在者、永住者は100万人程度しかいない上、多くは日本企業駐在者とその家族だ。永住者も大学、大学院、研究機関というのはごくわずか。日本食や日本の物産、日本人観光客の対応等で知の還流とか、まったく関係ない。そもそもサーモンがほとんどいない。
結論として、海外トップ大を目指す高校生が多数いて、自分のキャリアは自分でつくること、日本のレールにのらないこと、そういう人たちが相当数にならないと君の提言は夢物語だよ。
もう少し簡単な話で、(国全体の興亡とは別の話として)単純にアメリカの大学を出て英語圏で就職した方が高給取れるのでその方が良いけど、言葉の壁でなかなか出られない人が多い、というだけでは?
私は大学院で米国留学しましたが、この国で英語で仕事するのは、たとえ給料が倍になってもストレスが多すぎて無理だと思いましたよ。
その整理は一見もっともらしいですが、因果が逆転していますね。
「サーモンがいないから制度は意味がない」というのは、制度の役割を取り違えています。
制度は人材をゼロから生み出す装置ではなく、既に存在する微小な流れを増幅し、構造化するためのもの。
したがって「数が少ないこと」は制度設計の否定理由にはなりません。
寧ろ逆で、数が少ない状態が固定されていること自体が、制度不在の結果です。
さらに重要なのは、現状の日本において海外挑戦が少ないのは能力不足ではなく、キャリア設計上の合理性が国内に偏っているからです。
新卒一括・終身雇用的な入口設計、国内市場で完結する職能構造、失敗コストの非対称性が揃っている以上、海外に出るインセンティブは構造的に弱くなる。
その結果として「サーモンがいない状態」が観測されているだけです。
つまり現状を前提にして制度を否定するのではなく、現状を生み出している構造を見ない限り、議論は循環するだけ。
海外挑戦が成立する条件を「多数派であること」とするなら、ほぼ全ての制度改革は歴史的に不可能という結論になりますよね。
制度は常に少数から始まり、後から構造を変えていくものですよ。
サーモン計画。
全部は読んでないけど最初の6,7は既にあるよ。
・大学職員兼任は昔あったけど今は無くなっている。問題があるからね。
・スタートアップに関して研究者と投資家とのマッチングを行う場、もある。
・スタートアップ同士の情報交換の場もある。もっと実質的に連携できるものを連携しても良いとは思うけど。
・スタートアップに失敗して会社を畳んだ人も大企業の1部門の管理についている。
その失敗の経験を買われてね。そういうコンサルはもうあるよ。
・日本の大学で成功している先生は海外大にも研究室をもっているよ。(実質という意味だけど)
・大学で得られた知見の特許出願なども大学に特許部があるので話し合ってますよ。
などなど。
ありがとうございます。
挙げられている点はそれぞれ単体では事実として存在していると思います。
ただ、それは「機能の断片が存在する」という話であって「制度として統合されている」という話とは別です。
たとえば大学職員の兼任、産学連携の場、スタートアップ支援、失敗者の再配置、特許管理、それぞれは個別には存在します。
しかし問題は、それらが一つの設計思想のもとで連動しているかどうかです。
現状はむしろ、各大学・各機関・各制度がバラバラに最適化されていて、全体として人材・資本・知の循環が最大化される構造にはなっていません。
その結果として起きているのが「部分最適はあるが全体としては閉じている状態」です。
もう一点重要なのは、これらの仕組みが「既にあるから十分」という結論には直結しないということです。
なぜなら同じ機能が存在していても、スケール・流動性・国際接続性が異なればアウトプットは全く別物になるからです。
たとえば海外のトップエコシステムは、大学・VC・人材移動・失敗吸収が一つの市場として連動していますが、日本の場合は制度ごとに壁があり、接続は個別調整に依存しています。
ここが構造差です。
つまり論点が違う。
「あるかないか」ではなく、「連動しているか」「スケールしているか」です。
その意味で、保護者さんが提示された事例は反証ではなく、むしろ部分的には存在するが統合されていないことの補強になっていますね。
たとえば現実にも、類似の構造はすでに存在しています。
経済産業省・文部科学省・内閣府がそれぞれ別系統で運用しているスタートアップ支援制度は、アクセラレーションや補助金という機能自体は揃っていますが、採択・評価・資金回収・人材流動が一気通貫で設計されているわけではありません。
また、JSTの研究支援、NEDOの実証支援、大学の産学連携機構も、それぞれは機能している一方で、研究成果が企業化・資本化されるまでのプロセスが省庁横断で統合されているとは言い難い構造です。
さらに言えば、大学発ベンチャー支援も文科省系の枠組みと経産省系の枠組みが並立しており、同じ人材・同じ研究成果が複数の制度をまたいで移動する前提にはなっていません。
つまり「仕組みは存在するが、国家として一つの循環系としては接続されていない」という状態です。
言葉の壁、文化の壁を越えるためにも、できるだけ若いときに海外で過ごす経験を積むことが重要なんでしょうね。そういう意味でも高校生から海外トップ大を目指す人が日本に増えてくることがサーモンカンバック提言の最低限な前提条件ということなんでしょう。
国内の外国人受け入れは今のところ、日本語や日本文化を受け入れることを条件に国内に外国人を受け入れているけど、東大、東北大、都立大、大阪公立大等のすべて学部から英語授業とする大学、学部がスタンダードになってきたとしても、日本語ができない外国人留学生が日本に留まるかという大きな問題がある。
ただ、外国人留学生はタフだから、そこそこ日本に留まるだろう。こういう人たちが日本で起業するなど活躍することで日本に知の還流をしていくことも重要。
そこまで来ると、議論の焦点は海外へ送り出すことでも、外国人を受け入れることでもなく、その人材が知や資本やネットワークを循環させる仕組みをどう設計するかになります。
海外へ出た日本人が戻ることも、日本に来た外国人が定着することも、どちらも同じ循環の一部です。
日本はこれまで、人を送り出す制度、人を受け入れる制度は個別に整備してきました。しかし、それらを知の還流という1つの国家戦略として統合できていません。
だから私が提案しているサーモン計画は、帰国を前提とした政策ではありません。世界を循環する人材が、日本と接点を持ち続ける状態を制度として設計することが本質です。
帰国する人もいる。海外から日本へ来る人もいる。海外に残りながら共同研究や起業で日本とつながる人もいる。その多様な流れを1つの循環として機能させた国ほど、知の集積は加速していきます。






























