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受験する学校選び

【7796005】
スレッド作成者: 学び (ID:HS8Yh1uRFBs)
2026年 05月 03日 13:12

 以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を目指すご家庭が顕著になっています。

 探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容
 面倒見が良く、イベントが多くて楽しそうな学校等の教育環境等で選ぶご家庭が増えています。

 社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共有しませんか。

【7818536】 投稿者: それよりも   (ID:YMbJdJpH.pA)
投稿日時:2026年 07月 02日 20:48

>今は高校受験組も早い段階から、レベル別の塾に通学しているので、格差は早い段階から意識しているのでは。

同じ塾の中では学力格差は意識していても、所詮は学習指導要項に縛られた公立中の学習内容中での小さな差に過ぎない。でも高校に入ると公立進学校では私立に追いつけ追い越せとばかり猛スピードで授業が進む。全員ついていけるわけではないのでそこで学力差が開く。一方で、進学校でない公立高では授業レベルは高くないので同じ公立でも進学校との差はどんどん広がっていく。大学受験を前にした模試で自分の立ち位置を知る頃にはその差は簡単には埋め難くなっている。
勉強面だけから見ても高校生になってから厳しい格差に気がつくハイティーンの自己尊厳は傷つきやすい。

【7818537】 投稿者: 子どもの能力は保護者の問題か   (ID:zCYBFOFuQD6)
投稿日時:2026年 07月 02日 21:03

結局、それは保護者の子どもに対する教育の格差だろうか。それとも保護者の教育の考え方に対する格差だろうか。

保護者ではなく子どもが原因なのだろうか。

どちらも要因なのだろうけどね。子どもが主体的に学ぶようになれば中学受験は成功だ。ただ主体的に学ぶことができる子どもは限られている。

主体的に学べても、勉強にとりかかるのが遅い、勉強に集中できない、学習の仕方に問題がある、そもそも読書等で広い世界を学んでいない、いろんな要因があるだろう。

【7818541】 投稿者: 教育格差の要因は   (ID:zCYBFOFuQD6)
投稿日時:2026年 07月 02日 21:17

結局教育格差の要因は何だろうか。
主体的な学びができる子どもはなぜできるのか。

自分のキャリアを自分で築くことができる子どもを育成できるかどうかがポイントだろうね。

小学生なら医者になりたい、弁護士になりたい、渋幕にいきたい、お父さんのようになりたい等、主体的な学び、動機づけができているかどうか、読書などですでに広い世界を学んでいるか、等

やらせる教育では限界がある。そこが教育格差につながるのでは。

【7818572】 投稿者: それよりも   (ID:n1C8ruqAd5g)
投稿日時:2026年 07月 02日 23:00

>結局、それは保護者の子どもに対する教育の格差だろうか。それとも保護者の教育の考え方に対する格差だろうか。
保護者ではなく子どもが原因なのだろうか。
どちらも要因なのだろうけどね。子どもが主体的に学ぶようになれば中学受験は成功だ。ただ主体的に学ぶことができる子どもは限られている。

①保護者の子どもに対する教育の格差、②保護者の教育の考え方、③保護者ではなく子どもが原因だろうかと問いかけているが、1番の問題は国が作った悪平等的な公立小中学校のシステムだと思う。小学校、中学校とできる子もできない子も皆ほとんど同じ(私立の進学校より簡単な)教科書と授業進度を提供しながら、高校の段階でいきなり学力格差の存在を突きつける。もちろん、①や②によっては学校の授業の他に大学入試につながるような学びを提供することもできるが、高校入試のため教育指導要綱に従う部分との両立は子どもの負荷となる。
主体的に学ぶか否かという以前のシステムの問題だと思う。

【7818577】 投稿者: それよりも   (ID:n1C8ruqAd5g)
投稿日時:2026年 07月 02日 23:07

何でもかんでも主体的な学びと考える前に、この国の公立小中の悪平等的な教育システムに対して思いを巡らすことをおすすめする。

【7818587】 投稿者: 東大は東大生の課題を認識していた   (ID:RrfJu/qwg/A)
投稿日時:2026年 07月 02日 23:15

東大は全学部秋入学を実現する改革を断行しようとしたが遂行できなかった。その時の議論は今後の東大改革の方向性を示すものとなる。東大新学部や構想もこの時の議論がいかされている。

東大は、本学に入学する学生は、そもそも入学時点で主体的な思考、課題発見能力、課題解決能力等が不十分であり、学部教育は学生がこれらの課題を克服していくことを目指すべきである。

しかしながら、現状の学部教育は、これらの課題に対応するために、構想されておらず、結果的に学部教育の修了時点でも、これらの課題は十分に克服されていない。

と東大は学生等の課題を認識していたにもかかわらず、改革を断行してこなかった。

【7818600】 投稿者: Mȁrgȧux   (ID:w5pVzhK0DhQ)
投稿日時:2026年 07月 02日 23:27

議論を読んでいて感じるのは、皆さん教育格差の原因を探しているようで、実は同じ座標軸の中だけで議論していることです。

学力なのか、親なのか、経済力なのか、動機づけなのか。

もちろん、どれも要因です。しかし、それらは一次要因ではなく、教育システムの中で現れる現象に過ぎません。

本質は、日本の教育が子どもを評価される側として育てることに最適化され、価値を生み出す側として育てる設計になっていないことです。

幼少期から高校、大学まで、一貫して求められるのは、評価基準を正確に読み取り、その中で最適解を出す能力です。

知識偏重でも、探究でも、主体性でも、本質は変わりません。評価項目になった瞬間、それは攻略対象となり、受験産業が最適化する対象へ変わります。

だから問題は、何を教えるかではありません。何を評価し、何を選抜しているかです。

主体性が育たないのではありません。

主体性さえ評価項目へ組み込まれた瞬間、それは演じる技術へ変換されます。

教育格差も同じです。

格差とは、偏差値の差ではありません。

誰かが設計した評価軸で競う人と、自ら評価軸そのものを設計できる人との格差です。

AIの普及によって知識へのアクセスコストは急速に低下しています。しかし、それによって教育が変わるわけではありません。評価制度が変わらなければ、探究も課題発見も創造性も、やがて受験テクニックとして商品化されるだけです。

だから教育格差を議論するなら、親や子どもの努力だけを論じても出口はありません。

問うべきは、どの能力を教えるかではなく、評価可能な能力だけを選抜し続ける制度を維持するのか、それとも価値を生み出した結果そのものを評価する社会へ転換するのかです。

本当の教育改革とは、教科書や入試制度を少し変えることではありません。

教育内容を入れ替えることでもありません。

評価される能力を増やす教育から、評価軸そのものを更新し続けられる人を育てる教育へ転換できるかどうかです。

【7818601】 投稿者: 教育改革   (ID:RrfJu/qwg/A)
投稿日時:2026年 07月 02日 23:28

日本の公立小中学校の教育システムについて、悪平等という認識はそのとおり。

次期学習指導要領では小中学生が高校や大学の学びができるようにするとともに、大学に理数拠点をつくって小中高生が学ぶことができる体制を整えるとともに、能力に応じた対応をする方向性で議論されている。

つまり君の認識のとおり、悪平等を是正する方向で議論は進んでいる。

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