将来の選択肢が広がる学部合同説明会
国公立大を目指す理由
子どもの進路選択で迷っています。
都内在住、早慶の附属中も狙える位置にいると言われていますが、周囲には国公立大を目指して桜蔭やJGなどを選ぶお子様が多く、迷っています。
主人も私も早慶の出身で、特に就職で困ることもなかったので、国立大学を目指す理由が今ひとつ実感を伴って分かっていません。
特に中高からせっかく受験して入るなら早慶の方がゆったり勉強できるよのではないかと考えてしまいますが、国立大学を目指すメリットについて教えていただきたいです。
上は娘(小5)、下は息子(小3)です。娘は理系が得意ですが、息子は算数が苦手で、今のところ国語が得意です。歴史が大好きで、歴史マンガで読んだことはだいたい頭に入っているようです。
宜しくお願いいたします。
研究職を目指すなら国立が圧倒的に有利だと思います。
国立のほうが研究環境も充実していますし、民間企業の研究所に入るにしても有利です。
某大手企業の研究所勤務ですが、同期の最終学歴の内訳はこんな感じで圧倒的に国立だらけでした。
東大16、京大7、東工大5、慶應5、早稲田5、阪大4、東北3、名大3、北大2、理科大2
神戸、筑波、千葉、農工、電通、上智、宇都宮、静岡、北陸先端、奈良先端、長岡技科
まあ、ただし研究職は待遇面では決して恵まれてはいないのも事実です。
大手企業の研究所でも30代中盤で年収1000万円、40代中盤で1500万円程度がせいぜいで、大学だともっと給料が安いです。
あくまで研究が楽しくて、楽しいことを仕事にしたいと思う人以外にはオススメはしません。
理系の生活はよく知らないけど、文系エリサラの生活をよく知らない人、おこちゃま向けに解像度を上げておく。
似非東大OBくんの言うのも一理あるのは、東大だろうが早慶だろうがMARCHだろうが、出世してようがしてなかろうが、社会人になった瞬間から前向きで元気いっぱいの日々ではなくなる。学生でもそうかもしれないが、文系エリサラは多かれ少なかれ、責任というか逃げられない仕事が毎日つきまとって来るので、とても楽しい瞬間でもその憂鬱を思い出したら楽しさ半減。滅多にない楽しい瞬間ですらそうだから、日々のほとんどの時間はやっと生きてる感じ。
抽象論言っても仕方ないが、メガバンクの行員を例に上げると学歴によって勤務地は本店や支店。支店も大小色々あるが、結局は生活のほとんどが仕事で遊びや生活への関心や活力はほとんどなくなる。朝8時から夜8時まで働き、往復2時間程度通勤に使えば、読書もテレビ視聴の時間もほとんどない。細々とした生活の雑事で消えていく。こういう感覚も銀行以外の金融だろうが、商社や不動産などの他の文系エリサラだろうが大差ない。
給料が多いのも生活の不安がないというだけで、取り立てて贅沢しようと考えない。金にせよ、時間にせよ、プチ贅沢はできるにしても、イレギュラーな使い方をしたら、日々ギリギリで過ごしている生活の質を落とすだけなので、慣れれば慣れるほど安定した金や時間の使い方から寄り道しなくなる。
仕事のプレッシャーから解放されているのはほんの一握りのスーパーサラリーマンで、8割以上のサラリーマンはヤバいと思っている案件を抱えている。銀行ならば、ヤバい飛びそうな業績不振な取引先など。業績不振である以上、切っても切らなくても担当は非難される。そうなった原因も自分にも責任あるようなないようなストレスフルなケースが大半である。というか、グレーな状況だからストレスフルなわけで、取引先への愛情という建前より本音は保身上、自分の身の上にどう降りかかってくるかが見えないから胃をやられる社会人が多い。
この辺りまで読んで、早慶附属で困りませんと言ってる親は猛省しつつ、自分が誤っていないという安心もして欲しいのだが、中間的な結論として、言っておくことは、
早慶で困らないことはなくて早慶だと大抵人生は重苦しい。ただ、東大だから早慶に比べて重苦しくないかというと、そういうことはなくて、家康の至言を思い出すべき。
すなわち、人生は重き荷物を背負うて坂道を登るが如き。決して急がず焦らず。
興味深い経験談ではありますが、それを文系エリサラ全体、さらには人生全体の実像として語ってしまうと、少し一般化が過ぎる気がします。
同じメガバンクでも法人営業、本部、投資銀行、海外拠点では仕事の質もプレッシャーも全く違います。商社、メーカー、不動産、IT、コンサルまで含めれば、なおさら一括りにはできません。
また、責任やストレスはエリートサラリーマン特有のものでもありません。起業家は会社の存続を、研究者は数年単位で成果が出るか分からない研究を、医師は人命を、それぞれ背負っています。重さは共通していても、その性質が違うだけです。
むしろ印象的だったのは、この文章では仕事そのものよりも、組織の評価や保身が中心に語られていることです。
取引先が飛べば自分の評価はどうなるか。失敗すれば査定はどうなるか。そのプレッシャーは確かに存在します。
ただ、それは人生が重苦しいという話ではなく、その組織の評価システムの中で働くことのストレスです。
同じ長時間労働でも、自分で事業を育てている人は将来の事業価値を考え、研究者は新しい発見を考え、クリエイターは作品を考えている。そこにあるストレスは大きくても、「保身」が思考の中心にはなりません。
人生は重い荷を背負うものだという家康の言葉には同意します。
ただ、その荷物を誰に背負わされているのか、自分で選んで背負っているのかでは、見える景色はかなり違うのではないでしょうか。
私は喜んで背負ってきた。というより、そういう世界に没頭できること自体が、私には楽しい。
楽しいかどうかは、本人の心身の健康状態や楽観的か悲観的かと言う先天的な性質によるでしょう。しかも、楽観体質より悲観体質の方が概ね生存に有利なので、楽観体質に生まれつけばいいというものでもない。(いずれにせよ、性質を後天的に変えられるかも不明。)
淘汰の結果、人間は楽観と悲観の間を揺れ動くようにできているので、仏教修行を尽くせば本当に涅槃に至るかは疑わしいですね。
早慶附属か進学校かと言うスレテーマは金融商品で言うと、元本保証に近い債券か成長性のある株式かと言うことでしょう。
(附属、債券のプロ)
安定性
受験のない余裕時間を好きなことに投入できる(金利を株式投資する感じ?)
(附属、債券のコン)
成長性のなさ
確定額では老後資金に足りない
金利は投資されず、浪費される
こんな感じかな。






























