アートの才能を伸ばす女子教育
国公立大を目指す理由
子どもの進路選択で迷っています。
都内在住、早慶の附属中も狙える位置にいると言われていますが、周囲には国公立大を目指して桜蔭やJGなどを選ぶお子様が多く、迷っています。
主人も私も早慶の出身で、特に就職で困ることもなかったので、国立大学を目指す理由が今ひとつ実感を伴って分かっていません。
特に中高からせっかく受験して入るなら早慶の方がゆったり勉強できるよのではないかと考えてしまいますが、国立大学を目指すメリットについて教えていただきたいです。
上は娘(小5)、下は息子(小3)です。娘は理系が得意ですが、息子は算数が苦手で、今のところ国語が得意です。歴史が大好きで、歴史マンガで読んだことはだいたい頭に入っているようです。
宜しくお願いいたします。
お疲れ様です。
下振れを引かせたくない
→それなりの社畜である自分に痛いほど身に染みる言葉です。あぁ。再現性を求め過ぎている〜。
マルゴーさんが全員リスク選ぼうとか、学歴不要と考えてないことは充分理解してますよ。
マルゴーさん自身が東大名大と合格したのみならず、理三に準備して挑んだ努力力のある方ですし、ご自身が個性派だという認識がある方でしょうから、周りにリスク取れなんて言うはずありません。
若いうちに日本は守られている環境だから、生きる苦悩をしておいた方が経験豊かになれる。死にはしないんだから。という考えは正に共感です。
マルゴーさんは加えて、実際死にかけたゆえ、より強いチャレンジ精神があること一目置きます。
そしてお子様に気付きや環境の場を与えて生存力を上げる子育ては素敵ですね。
入試につながるから体験を色々しよう、思考力を高めようと言うチンケな意見ではなく、お子様が30代くらいになる先まで見据えての子育ては、なるほどと感じました。
ありがとうございます。
ただ、かなり過分な評価ですよ 笑
でもマルさんのレスって、ちゃんと「実人生」を通ってる人の言葉なんですよね。
エデュって、実感を伴わないまま、政治家を呼び捨てで断定したり、国家や経営を上から批評したり、妙にぞんざいで偉そうな物言いをする人が多いでしょう。
でもあれ、多分逆なんですよ。
現実世界で裁量も承認も持てていない反動が、匿名空間での万能評論家化として噴き出している。
だから異様に断定的で、攻撃的で、そして何より言葉に体温がない。
本当に仕事や家庭や人生を背負っている人って「下振れを引かせたくない親心」や、「再現性に寄ってしまう怖さ」を、自分事として語る。
そこには生活の重みがあるんですよね。
だからマルさんの書き込みは、観念論ではなく、ちゃんと人生を通過した人間の言葉として読める。
後ろで騒いでる人達の書き込み、マルさんとまるで違う。
歴史人物、故事成語、政治家、学歴、有名人を延々引用しながら、実は自分自身の人生の話が一切出てこない。つまり全部「他人の褌相撲」。
自分で何かを動かした話も、背負った話も、挑戦した話もないから、永遠に評論だけになる。
しかも面白いのは「学歴社会」を語りながら、結局ずっと特定政治家しか見ていないところ。
国家論を語っているようで、中身はワイドショーなんですよね。だから話が薄い。
本当に社会を見ている人って、学歴も血統も容姿も「変数の一つ」に過ぎないと知っている。
でも匿名論壇に長く浸かると、その変数がいつの間にか世界の全てになる。
私はそこに、一番強い閉塞感を感じています。
私もさっき¥78、税込¥84で買いました。
ちなみに、お酢のミツカンで売り上げNo.1商品何かご存知ですか?
実は納豆。
でも私が行くスギだと面積は若干小さく、価格も税込¥95、¥105と若干高いですね。
何故ミツカンが?
お酢の発酵も納豆も”菌“というところで繋がっているんですよね。
私は価格と味でタカノフーズにしています。
おかめ納豆、です。
うろ覚えですが、大リーガーの誰かが大好物で、アメリカで一番ちくわを買っているのが俺だって言ってました。
大リーガー目線でも良質なタンパク源足りえるって事ですね。
私も中高時はカニカマに異様にハマっていて、朝昼晩、おやつもカニカマの時期がありましたが、個人ランクなら都内でベスト20には入っていたんじゃないかと思っています。
流石です。
しかもそれ、理系や医学系に進むと更に実感するんですよね。
例えば医学って、一見すると「暗記学問」に見える。でも実際には、膨大に散乱した症状、検査値、生活背景、時間経過の中から「どの規則性が本質か」を拾い上げる作業の連続なんです。
つまり、数列的思考。
単発データではなく、推移を見る。
点ではなく、連なりを見る。
逆にベクトル感覚も極めて重要で、患者本人、家族、病院経営、保険制度、地域医療、QOL、延命、社会復帰、それぞれ方向が違う。
その中で、「この治療はどちらへ向かう選択なのか」を常に考える。
だから結局、数学って計算技術というより「世界の見方」を訓練している部分が大きい気がします。
あと本当に、中間管理職とも相性が深い。
上からは抽象論、下からは現場論が飛んでくる中で、散乱した情報の底にある規則性を見つけ、なおかつ組織全体のベクトルを揃える必要がある。
あれ、完全に高校数学なんですよね。
結局、高校数学って「受験テクニック」ではなく、複雑化した現実をどう構造化して捉えるか、その思考訓練なんですよね。
だから社会に出ると、数式そのものは忘れても「規則性を探す癖」や「方向性の中で物事を見る感覚」だけは、ずっと残り続ける。
そして多分、本当に差が付くのはそこなのでしょうね。






























