アートの才能を伸ばす女子教育
進撃の巨人阪神より法定速度を守れる自動車学校を選ぶべき
スレッド作成者: Margaux (ID)
2026年 05月 28日 16:44
最近、進学校推しの人が多いので、逆に附属優位論を書いてみる。
まず、大学受験というものを過大評価しすぎ。
東大に入ったから人生勝ち、という昭和的価値観がまだ残っているが、実際にはAI時代に重要なのは、偏差値より雑談力、胆力、海外空港でロストバゲージされた時の対応力。
加えて、進学校は6年間ずっと受験産業の養殖場。
鉄緑会、水曜確認テスト、東大型模試、深夜コンビニ飯。
気付けば人生で最も脳が柔らかい時期を、無機質な英単語帳と共に過ごすことになる。
一方、附属校は違う。
昼寝ができる。
哲学ができる。
学園祭でタコスを焼ける。
突然ジャズ研に入れる。
中3で起業未遂を起こせる。
この差は大きい。
また、進学校派はよく、
早慶止まりでは弱い、
東京一科国医、
などと言うが、そもそも東京一科国医という単語を中学生段階で連呼している家庭、大体リビングに鉄緑会バッグが積層している。
しかも実際には、
東大入学→外資→適応障害、
国医→燃え尽き、
みたいなケースも普通にある。
人生、偏差値関数だけでは解けない。
更に重要なのは、附属には独特の生態系があること。
内部進学者特有の妙な余裕。
湘南の海みたいな会話速度。
学歴を武器として振り回さない文化。
そして何故か異常に詳しいサウナ知識。
この空気感は、偏差値表には載らない。
また、進学校は出口実績を誇るが、附属校は入口時点で人生の可処分精神力を守っているとも言える。
これは大きい。
結局、人生は、
東大合格証書の額縁サイズではなく、
深夜2時に友人と食べたラーメンの湯気量、
文化祭後夜祭の湿度、
校舎裏ベンチの記憶密度、
その辺りで決まる部分も大きい。
続きはWebで。
東大合格証書の額縁サイズではなく、
深夜2時に友人と食べたラーメンの湯気量、
文化祭後夜祭の湿度、
校舎裏ベンチの記憶密度、
その辺りで決まる部分も大きい。
→私はそれを進学校でやりまくった。浪人したが笑
親が介入しすぎているせいか、なぜか最近の進学校の子ども達はやらない。
なんか良い意味と捉えたいが真面目な子が多い。
令和だからかな。
東大にこだわる人もいますからね。
投稿者: meta視点から (ID:AJ019s4qEb.)
投稿日時:2025年 09月 05日 21:33
私自身、中学時代から理Ⅲを目指し、仮面浪人までしても届かず、兄が私の1/10の努力でストレート合格する姿を横目に見ていたこともあり、東大には正直言って複雑な思いがあります
わかるな。
しかも結局、人間を長期的に支えるのって、偏差値表に残る情報じゃなく、その手の「どうでもよさそうな記憶」なんですよね。
深夜のラーメン、
文化祭後の変な高揚感、
受験前日に友達と交わした雑な会話、
校舎の匂い、
帰り道のコンビニ、
無意味に長かった寄り道。
むしろ、その辺が人格の骨格になる(と思ってる)。
だから最近の、最適化されすぎた進学校生活って、少し怖さも感じる。
効率はいい。
情報も多い。
失敗回避能力も高い。
でもその分、
無駄
逸脱
寄り道
青春特有のカオス
が減っている。結果として、優秀だけど、妙に「完成済み」の子が増えてない?
ま。それで良いのかもしれないけれど、マルさんやあたしみたいな余白多めのはみ出しものが減りますよね。均質な人間の集団ってつまんない。
あと、昔の進学校って、おそらく今より遥かにカオスでしたよね。
東大目指してるのに、深夜まで下らない議論したり、文化祭に全振りしたり、恋愛でメンタル壊したり、変な思想にハマったり、急に文学読み始めたり。学生運動があった頃なんておそらくそんなのが、学生時代の大半。
あの「知性の無駄遣い感」が、実は後の創造性や人間臭さに繋がっていた気もする。
今は良くも悪くも、親も学校も、
失敗しない人生
を先回りしすぎている。
でも本来、10代後半って、多少バカをやる時期なんスよね。
その「余白」が消えると、人は優等生にはなれても、なかなか面白い大人には育たない。
ね?マルさん。
あと誤解されたくないのは、私は平成初期世代で、昭和の残り香の中で生まれて育ってはいるけれど、別に昭和礼賛したい訳じゃない。
昭和ってさ。
公害、
セクハラ、
モラハラ、
男尊女卑、
マイノリティ排除、
暴力的同調圧力、
そういうものが普通に溢れて当たり前だった。
今みたいに全部が可視化されていなかっただけで、かなり息苦しい時代。
しかも忘れがちだけど、昭和って普通に戦争してた時代なんですよね。今でも戦争してるけれど、日本が、ね。
だから、今さら昭和回帰みたいなノスタルジーには全然乗れない。
でも逆に、だからと言って、全部アップデートしました〜多様性です〜コンプラです〜で終わるのも、なんか違う。
最近って「正しい言葉」を並べることが目的化しすぎて、人間の面倒臭さや矛盾まで消毒し始めてる気がするんですよ。
多様性を語るなら、本来は「自分と合わない価値観が存在する不快感」まで含めて耐える話のはずなのに、実際には「自分が気持ちよくなれる範囲の多様性」しか認めないよねって話。
極論言えば、差別主義だって考え方の一つなんだから。
だから私は結局、
昭和にも良い部分と地獄みたいな部分があったし、
令和にも良い部分と気持ち悪い部分がある、
という感覚。ズルいちゃあズルいし、何も言ってないのと同じじゃんと言われたらそうかもしれないけれど。
でも本当にコレってどっちかを完全否定して、どっちかを完全肯定する話ではない。
その辺の言語化しづらい匙加減を、割と頑張って触りに行ったのが、クドカンのフテほどだった気がする。
もちろん、描き切れていない部分もあるし、ラストはちょっと残念だった感もある。
でも少なくとも、
昭和最高!
でも、
令和最高!
でもなく、人間ってもっと矛盾してるよね?なんだかんだ、きっちりせずに、曖昧も残しておくと便利じゃない?をこの時代の地上波でやろうとした気概、ワイは評価するゼ?
って、まあ何故か上から目線ですけど 笑
はい、好きでやっていたのですが無駄とか余白とかすら考えずにやっていました。
中学時代のメンバー
高校時代のメンバー 2箇所はあったと思います。
なんか当たり前で、私ははみ出し者でしたが、幸いにして親にもそこまで言われなかったので、思想や生き方の糧になってる気がします。
加えて、まさに最近の子は大学入学時に完成されてるという印象、完全同意です。
なんならその後の人生プランまで出来上がっている方います。
レールにしっかり乗ってきた分、レールも車両もガッチリしているのはよいです。
しかし、将来のレールまでもう作成済みで、あまり教えることも減りました。
ほんと。
私はスタッフの多くが20代で、半ば子供みたいな感じ。学生から直で預かってる子が多いので尚更。すると本当に無駄がない、計画的、リスクを冒さない。
いや。使う側としては申し分ないです。
>将来のレールまでもう作成済みで、あまり教えることも減りました。
それ!
本当に教える事がないんですよね。1言えば10理解する。
まあ、もちろんたまにこんな事知らんのか!はありますが、概ね私の20代と比べたら格段に完成してる。
でもなーんか物足りなさを感じてしまっているワタシがいる。無いものねだりなんですかね?
何か幻を追いかけているのでしょうか?
いや、ほんと不満はないんですよ?
最近って「正しい言葉」を並べることが目的化しすぎて、人間の面倒臭さや矛盾まで消毒し始めてる気がするんですよ。
→まさにその通りで正論マンが増えまくりの時代に令和は感じます。
一方で私は昭和末期から平成前半に学生時代を過ごしましたが、掃除の時間になっても給食食わされ続ける・運動会で組体操5段から笛でグチャっと潰れるとか当たり前でした。
塾はサピックスで(最初は高校受験に力を入れていた塾)夜11時近くまでバリバリでした。
鉄も行きましたがバックとかはなく、普通の知る人ぞ知る塾みたいな状態でしたが、授業は割と普通の内容だったような…サボっていたのであまり記憶にありませんが笑
2択を迫られたら、令和の方が良いかなとは思います。
いびつな構造してるけど、子どもは守られている感じはします。だから完成系に見えるのでしょうけど。






























