先生が感じた女子美生の印象
難関共学進学校での生徒間トラブル
千葉の難関私立中学校で、男子生徒による女子生徒の弁当への不適切行為が問題となりました。
女子生徒への片思いを拗らせた末の衝動的な行動だったのか、そこに至った経緯は不明ですが、この種のトラブルを未然に防ぐにはどうしたらいいか、皆さんのお考えをお聞かせください。
何もしません。
盗撮をそんなに心配しておらず、対策が必要と思っていないので。
案を聞かれたから思いついた案を答えただけ。
中学生になったばかりだと、盗撮がばれたらどうなるか、画像拡散にどんな影響があるか、被害者が受けるダメージはいかほどか、など、重大さが分かっていない生徒も多々いるのではないかと思います。
そういう子にとっては、影響の重さを知ることは意味はあると思いますけどね。
あなたこそ、口先介入しているだけでしょう。
ここは行政の会議でも政策審議会でもありません。エデュで出した案について、具体的に誰に働きかけるのか、いつ実現するのかまで説明しなければ発言する資格がない場所ではない。
寧ろ、そうした制約をいったん外して自由に発想できる場だからこそ、既存の制度では出てこない方法論が生まれる。
そして私は、ここで書いて終わるつもりもありません。
私は以前から若手(中堅って言って良いかな?)自民党議員の活動をサポートしています。実際に、子育て支援の法制化という形で活動が現実の制度につながった例もあります。
今回のスマホ教育の議論も、私は確実に議員との会議で議題に出します。
それが具体的な政策になるか、議員の活動につながるか、それは分からない。そこまで私が保証する話でもない。しかし、石は確実に投げる。
政策なんて、最初から実現すると分かっているものだけを提案するのではないでしょう。問題を提起し、誰かが拾い、議論され、修正され、その中から現実に動くものが出てくる。
私は少なくとも、その石を現実に投げるところまではやる。
実際、以前ここで起きた辺野古のボート転覆事故についても、私は議員に話をし、エデュの書き込みまで見てもらいました。
ここでは事故そのものが、いつの間にか同志社叩きの材料として消費されていた。
事故が起きる。
誰かを叩く。
自分たちの正義を確認する。
そして終わる。
それでは何も変わらない。
事故から何を学び、どうすれば再発を防げるのか。そこに議論を持っていくべきだと訴えた。
つまり、私はエデュで議論していることと、現実に働きかけることを切り離していません。
だからこそ聞きたい。
あなたは、他人に具体的な働きかけを求めていますが、あなた自身はここで誰かの発言に茶々を入れる以外に、何を現実に動かしているのですか。
他人には石を投げる責任まで求めるのに、自分は安全な場所から、その石の投げ方を批評しているだけではないですか。
口先で他人の行動を査定することより、一本でも現実に石を投げるほうが、私ははるかに意味があると思いますが。
あなたこそ、口先介入しているだけでしょう。
ここは行政の会議でも政策審議会でもありません。エデュで出した案について、具体的に誰に働きかけるのか、いつ実現するのかまで説明しなければ発言する資格がない場所ではない。
寧ろ、そうした制約をいったん外して自由に発想できる場だからこそ、既存の制度では出てこない方法論が生まれる。
そして私は、ここで書いて終わるつもりもありません。
私は以前から若手(中堅って言って良いかな?)自民党議員の活動をサポートしています。実際に、子育て支援の法制化という形で活動が現実の制度につながった例もあります。
今回のスマホ教育の議論も、私は確実に議員との会議で議題に出します。
それが具体的な政策になるか、議員の活動につながるか、それは分からない。そこまで私が保証する話でもない。しかし、石は確実に投げる。
政策なんて、最初から実現すると分かっているものだけを提案するのではないでしょう。問題を提起し、誰かが拾い、議論され、修正され、その中から現実に動くものが出てくる。
私は少なくとも、その石を現実に投げるところまではやる。
実際、以前ここで起きた辺野古のボート転覆事故についても、私は議員に話をし、エデュの書き込みまで見てもらいました。
ここでは事故そのものが、いつの間にか同志社叩きの材料として消費されていた。
事故が起きる。
誰かを叩く。
自分たちの正義を確認する。
そして終わる。
それでは何も変わらない。
事故から何を学び、どうすれば再発を防げるのか。そこに議論を持っていくべきだと訴えた。
つまり、私はエデュで議論していることと、現実に働きかけることを切り離していません。
だからこそ聞きたい。
あなたは、他人に具体的な働きかけを求めていますが、あなた自身はここで誰かの発言に茶々を入れる以外に、何を現実に動かしているのですか。
他人には石を投げる責任まで求めるのに、自分は安全な場所から、その石の投げ方を批評しているだけではないですか。
口先で他人の行動を査定することより、一本でも現実に石を投げるほうが、私ははるかに意味があると思いますが。
おっと。
推敲前の文章を貼ってしまった。
再掲
かなり論理が混線しています。
スマホを使わなくても自主性や自己管理能力を育てられることと、スマホを使うことで得られる自主性や自己管理の機会が存在しないことは全く別です。
部活動で自制心を育てられるから、勉強で自制心を育てる必要はない、とはならないでしょう。同じ能力を別の場面でも育てられることは、その場面に教育的価値がないことの証明にはなりません。
学校という管理された環境で、一定のルールの下でICTを使い、自分で判断し、必要なときには使い、必要のないときには使わない。その経験自体に教育的意味があります。
そして、スマホの価値をゲームや休み時間の利便性だけで語るのも違う。
緊急速報、緊急連絡、位置情報、懐中電灯、通話、通信。転倒検知など、代替性の低い機能もあります。
災害は毎日起きないから価値が低い、とはなりません。
地震、火災、爆発、倒壊、閉じ込め。低頻度でも一度発生すれば、生存そのものに関わる。
学校は安全だから大丈夫、というのも安全工学として成立しません。安全対策は事故が起きないと仮定することではなく、起きる可能性をゼロにできない事象に対して被害を最小化することです。
熊本のイオンモールでも、地震には耐えた一方、その後の爆発で死傷者が出た。現実には、想定したリスクだけが起きるわけではない。
だから、学校内スマホの是非を考えるなら、平時の授業妨害やゲームだけでなく、低頻度・高重大性の緊急事態まで含めて評価する必要があります。
もちろん、禁止によるメリットもあります。授業への集中、盗難や隠し撮りの防止、依存の抑制などです。
しかし、それらも管理規則、使用場所の限定、カメラ使用の制限、違反時の処分などで一定程度コントロールできる。
一方、緊急時に手元に通信手段がないというリスクは、発生してから取り戻せません。
そして、最後の大半の学校が解禁していないからメリットよりリスクが大きい、という論理も成立しません。
禁止されているという事実は、便益とリスクを比較した結果を示すデータではないからです。慣行、管理コスト、学校側の責任回避、保護者対応など、意思決定には様々な要因があります。
つまり、あなたの論法は一貫して、代替手段があるから利益はゼロ、リスクがあるから禁止が合理的、他校も禁止しているから合理的、と結論を先に置いています。
本当に問うべきなのは、スマホ利用による教育上・安全上の便益が何で、どのリスクがあり、それをどの程度のルールで管理できるのかです。
禁止か解禁かという二択の前に、そこを比較しなければ議論になりません。
スマホを使わせることが目的なのではない。
スマホを禁止すること自体を目的にしてはいけない、という話です。
相手を可哀想と見下すことに割くエネルギーがあるのなら、もっと前向きな議論に使いませんか?
いえ。
特にあなたへの返信ではなかったのですが、メリットが言えないと決めつけての早く言えよの大合唱の後の沈黙に非常に違和感があったので。
緊急時に人命を救うメリットが、盗撮のデメリットの下とはさすがに言えないのと、そんな事にすら気づいていなかった気恥ずかしさもあるのでしょうか。
熊本の災害が奇しくもいざという時の想定の重要性、災害は想定していないことが起こるのだという教訓を示してくれています。
> なお、私はスマホを禁止にすべきと言っているわけではないので悪しからず。
では、スマホ禁止と自由のそれぞれについてメリットとデメリットは何か、どのメリット、デメリットをどの程度重視するか、スマホのルールはどのようなルールにするのが良いか、お考えをご説明いただけますか。
メリットやデメリットには盗撮防止の観点を含めてください。
また、盗撮防止対策の案をご提示ください。






























