先生が感じた女子美生の印象
難関共学進学校での生徒間トラブル
千葉の難関私立中学校で、男子生徒による女子生徒の弁当への不適切行為が問題となりました。
女子生徒への片思いを拗らせた末の衝動的な行動だったのか、そこに至った経緯は不明ですが、この種のトラブルを未然に防ぐにはどうしたらいいか、皆さんのお考えをお聞かせください。
>自分で作ると決定的に読んだ訳でなく、「作るのです」は関係各所に自ら働きかけることも含みます。
分かっています。
それでも誤読です。
>そもそも自分が何一つやる気がないなら、ああいう書き方はすべきではないと思います。
なんで「べき」なのだか…
自分が何一つやる気が無くても、案を挙げて、案の内容や、その案を実現する場合には何をどうするのかという細かい案を挙げていいと思いますけど。
言い方が悪かったのですかね。
「無ければ作るんですよ」ではなく「無ければ作ればいいと思います」と書けば誤読を防げたでしょうか…
> 別の方への返信は
> あまり読んでいませんし、それを読む前提なのはなぜ?
あなたは私に何度も説明や回答を求めるほど私の考えを知りたがっているようなので、この件に関する私の投稿には目を通しているものと思っていました。
読んでいない投稿があるなら、Margauxさんの8/4 16:38の投稿はどうでしょうか?
読んだでしょうか?
8/4 16:38より前にも何度か同じ内容の投稿をされています。
私の考えと完全に同じではありませんが、共通する部分が多いと思います。
そちらについてのあなたのご意見はいかがですか?
>>自主性のメリット>様々なリスクではなく、様々なメリット>様々なリスクです。
> えーと…ちょっと何をいっているのか分かりませんね。
「自主性の機会の損失による、あなたが考える不利益は、スマホ自由使用によるさまざまなリスクよりも、大きいと?」に対するコメントです。
スマホ自由について、自主性だけを取り出して様々なリスクと比較しているのではなく、様々なメリットと様々なリスクを総合的に判断しているということです。
> 私が言いたかったのは、例えばスマホ自由でなくなっても、自主性を育む教育は何ら揺るがないのだから、禁止のデメリットなど相殺できてしまうはずでは?ということ。
自主性の件だけでなく、他のメリットも含めて総合的に判断しています。
> あなたは、本来なら結論を一致させる必要がある前提だから無意味と思うのでしょう。でも、違う意見の人に、なぜこうなるのか聞くことこそ意見交換では?
私の考えはこれまで説明してきたとおりです。
あとは何を重視するかという価値判断の話になるので、同じ点を繰り返し説明することになり、建設的な意見交換にはならないと思います。
本当に意見交換がしたいなら、私個人の考えを批判するだけでなく、あなたの考えもお聞かせください。
8/4 15:17に「あたなの意見は?」で質問しましたが、まだ回答いただいていません。
> 私物のPCもありますよね。学校でしか使い分け出来ない訳ではなく、スマホ禁止でもほとんどの子がとっくに使い分けできていると思いますが。
使い分けの機会が多い方がICT活用力の向上につながるので、学校以外だけではなく、学校でも使い分けできる方がいいと考えています。
> もはや、単に便利だよねという話ですか?
便利なのはメリットだと思います。
> これが、禁止のメリットを上回るものと言われると開いた口が塞がらないです。
「これが」ではなくて、自由のメリット全体が禁止のメリットを上回ると考えています。
災害時に命を救う可能性があるという点もメリットに含めたいと思います。
なお、あなたの反論はだいたい「学校外でもできる」「他の方法でも育成できる」というものですが、それは学校で行う教育的価値がないことの根拠にはならないと思います。
学校外やスマホ以外でできることでも、学校で繰り返し経験することやスマホで経験することにも教育的価値があると私は考えています。
はい。想定しますよ。
むしろ、校舎が全倒壊して生き埋めになるような最悪事態を想定するのが防災でしょう。
そこでスマホで助けを呼べる可能性を、なぜわざわざ笑うような聞き方をするのですか。
もちろん、瓦礫の下で必ず通信できるとは言っていません。圏外になるかもしれない。端末が壊れるかもしれない。バッテリーが切れるかもしれない。
だからといって、通信できる可能性までゼロになるわけではない。
むしろ重要なのは、極限状態ではその僅かな可能性が生死を分け得ることです。
しかもスマホの価値は救助要請だけではありません。
位置情報、緊急通報、家族との連絡、災害情報の取得、転倒検知など、平時の事故から大規模災害まで用途がある。
例えば、部活後に一人で下校して階段から転落して意識を失ったらどうしますか。
洪水なら。
落雷なら。
竜巻なら。
校外で事故に巻き込まれたら。
災害や事故は、学校が想定した典型的な一場面だけで起きるわけではありません。
そして、ここが一番重要です。
あなたは、校舎が全倒壊して生き埋めになるケースを想定してます? と聞いている。
はい、想定します。
防災とは、起こらないことを願うことではなく、起きた場合に被害を減らすために低確率の重大リスクまで考えることだからです。
自分の子どもが瓦礫の下にいて、スマホがあれば助けを呼べる可能性がある。
それでも、起こる確率が低いから学校では持たせない方がいい、と本当に言えますか。
危機管理の議論で問うべきなのは、事故が起きる確率だけではありません。
起きた場合の被害の大きさと、備えることで得られるリスク低減も含めて考えるものです。
だから、全倒壊して生き埋めになるケースを想定するのか、と聞かれれば、当然想定します
逆に貴方は一切想定しないのですか?
校外で災害に遭うケースと混ぜないでください。論点は学校内でスマホを自由にさせるメリットがどこにあるか、です。
私は校舎が全倒壊して生き埋めになることや、その場面でスマホを使って救助要請をすることを想定していません。
学校には時間割がありクラス分けがありますから、災害発生時に生徒自身がスマホで救助要請しなくても、校内のどの教室にいたかほぼ特定されます。スマホがなくても救助すべき被災者が多数いる位置は明白でしょう。
そもそも日本の学校が全倒壊する可能性はどのくらいあるとお考えですか?これまでの近年の大地震でも全倒壊どころか、部分倒壊で生徒教員に死者が出たケースはないですよ?
現実には、校舎全倒壊で生き埋めになるより、生徒間による隠し撮りが発生する確率の方がはるかに高い。
しかし隠し撮りのリスクを低減できる校内スマホ制限ルールに反対し、スマホ自由にさせたがる理由がいつまでも不明瞭。
耐震建物が地震に耐えた。その約1時間後に爆発が起き、建物の一部が崩落して7人が亡くなった。
これが、つい先日熊本で実際に起きたことです。地震直後には施設から避難も行われていました。それでも、その後に爆発という別の事象が発生した。(テレ朝NEWS)
では聞きます。
地震に耐えた耐震建物で、その1時間後に爆発が起きて建屋が崩落し、生き埋めになる確率を、あなたは事前に何分の1と想定していたのですか。
おそらく、そんな確率を具体的に想定していた人はいないでしょう。
しかし、起きた。
だから、事後に1万分の1だった、10万分の1だったと言っても、亡くなった人にとっては何の意味もありません。
これはスマホがあれば助かったという話ではありません。そこは別問題です。
問題は、あなたが低確率という言葉を使って、発生後の被害を最小化する手段まで否定しようとしていることです。
辺野古のボート転覆は何分の1ですか。
知床のカズワン事故は何分の1ですか。
部活動の遠征バス事故は何分の1ですか。
それぞれの事故について、事故が起きる前に、その具体的な複合要因まで含めて正確な発生確率を算出できていたのですか。
できないでしょう。
危機管理とは、未来の事故確率を正確に言い当てるゲームではありません。
起こり得る重大事象を想定し、起きた場合に被害を最小化する手段を用意しておくことです。
学校内でも同じです。
忘れ物を取りに戻った生徒が、誰もいない校内で転落する。
頭を強打して動けなくなる。
直後なら救命できたかもしれない。
しかし発見が遅れれば死亡する。
この事故の発生確率は何分の1ですか。
そして、その数字が低いから、発見や通報を早める手段を最初から持たせないことが合理的なのですか。
自分の子どもでも同じことを言えますか。
文科省が学校安全で重視しているのも、まさに発生確率だけではありません。重大事故やヒヤリハットを把握し、事故を未然に防ぎ、さらに事故や災害が発生した場合には被害を最小限にするための備えを求めています。
悲観的に準備し、楽観的に対処せよ。
危機管理の基本はこれです。
起きないだろうから備えない、ではない。
起きるかもしれない。しかも起きた場合の被害が重大なら、発生確率だけを理由に備えを捨てない。
隠し撮り対策が必要なら、それは別途やればいい。
しかし、隠し撮りは起こりやすいからスマホを制限する一方で、重大事故は低確率だからスマホによる連絡・通報手段を考慮しないというのは、リスク評価の基準が完全に恣意的です。
熊本のイオンモールで現実に起きたことを見ても、事故の確率を事前に数字で言い当てることに安全管理上どれほどの意味があるのか。
むしろ重要なのは、想定を超えた事態が起きた瞬間に、どれだけ被害を減らせるかでしょう。
低確率だから無意味。
その発想こそ、危機管理では最も危険です。






























