女子美の中高大連携授業
麻布から早慶だと残念なのでしょうか。
お金があると、自由になると思って稼ぐわけだけど、金金になると逆に自由でなくなるという矛盾。
作業ゲームというのだけど、ゲームに攻略法が出てきた瞬間に、攻略法通り遊ばなければ「ならない」ということで、遊びじゃなく、仕事・作業になっちゃう。
人生の時間も勝ち組に「ならなければならない」という時点で、自由時間はなくなってしまい、ディズニーランドのアトラクションを決められたルートで巡る仕事になってしまう。
パリの街を自由に散策する自由はなく、ルーブル美術館とエッフェル塔とモンマルトルを回る仕事。
偏差値が高いと、ペンキ屋になる自由はなく、医師か弁護士かコンサルタントにならなければならない。そこに自由はない。
面白いたとえですね。よく分かります。
世間はだいぶ勝手で、学校には自由を求めつつ、それでも現役進学率を高めよと。氷上前校長は進学と自由と「二兎を追え」と語ったらしいけど、別に二兎の効率を最大化させるようなゲームを求めるような趣旨ではないと思う。まず、追うことが大事で、その結果に関しては目をつむるぐらいの視線も大事なんじゃないかなと。
部外者ですが、
進学や就職先より、麻布で過ごす6年間の
の方が価値があると考えて、志望して入学した
んではないかと思う。
それ故に、早慶だから残念とかそんなこと、
どうだっていいんじゃないかと思います。
麻布の価値は中高6年間で習う総べての教科で大卒以上の知識・教養が得られる・身に付くこと事だと思いました。基礎から最先端まで解りやすく教えてもらえます。・・・で、クラス全員がハイレベル(受験落ちこぼれはいるでしょうが)。どこの大学に行くかはあまり関係ないと思いました。ただ欠点は、大学の授業が低レベル、社会に出ても相手の低レベルにビックリしてしまう事です。麻布生はこの点尊大にならないよう気を付けてください。
確かにそれも価値かもしれませんが、もうひとつ大事なのはそれが押しつけではなく(もちろん学校である以上そのカリキュラムを修める必要はありますが)、どこまでその環境を利用するのか本人に委ねられているところなのかなと。
大学が低レベルに見えるというのは…、一部優秀層にはそうかもしれませんが...、以上のようなカラーなので盛りすぎなような気がします…。「内容の点で大学での学びとの接点を見出しやすい」ぐらいな表現なら間違いないかもしれませんが。




































