アートの才能を伸ばす女子教育
2024年東大30人!
今年の東大合格者速報で30人!
大飛躍ですね。素直に喜びたいと思います。
年々伸びていく市川。
これからも楽しみです。
市川は2012年までは東大1桁で、その後2桁に乗せ、最近20人超えるようになってきた段階。
本郷は2015年まで1桁で2016~2018は2桁、その後1桁と2桁行ったり来たりということでそれほど伸びた時期に差はないかもしれません。
都内は近いレベルの学校が複数ある一方、千葉は渋幕ー市川ー東邦ー昭和秀英と同じレベルに一校づつであまり競合しない状況になってます。
半世紀前の中学受験生です。
当時は巣鴨が第一志望で市川は滑り止めのつもりでしたが、塾の先生からは「市川なんて中学から入らなくてもいざとなれば高校からで十分だ。受験料の無駄」と言われました。
更に「選抜クラスは午後まで授業があるけど、それ以外は午前中で帰されるから弁当は要らないから親は喜ぶかもしれないけどな!」とも言われたのですが、ずいぶんと変わったようですね。
昔、近所の子供が暁星に受かったと噂になり「凄い」と思っていたら暁星は暁星でも暁星国際の方だったらしく「何だ」というオチがありました。
当時の暁星(東京の方)は頭も良くてお金持ちの学校のイメージが強くありちょっとした羨望や憧れがあったものです。
当時の状況として京葉線が開通して東京の大手中学受験塾も千葉に進出してきました。
千葉でも徐々に中学受験する小学生が現れるようになりました。
そして千葉からも麻布、開成、芝、暁星、早稲田などの有名私立中学に通う生徒がちらほら見られるようになりました。
当時、渋幕はまだ進学校ではなくサッカーなどのスポーツに力を入れて売り出していました。
市川は県立高校の滑り止めとして高校から入る学校でしたね。
長い投稿です。ご容赦ください。
皆さんご存知の晶文社の受験案内。50年前からあります。我が家にも1973年版だけあります。その他は、千葉市の中央図書館にその当時からのバックナンバーが
残っています。あやふやな過去の歪められた記憶が多くて残念です。当時も偏差値はありました。V模擬はなく、東大学力増進会、俗称東大アチです。千葉県に限らず、
「15の春を泣かさない。」という風潮が強く、事前の進路指導で、千葉の公立は最大でも1.2倍に抑えられました。神奈川県はもっと徹底していて、ほぼ1.00倍でしたね。
私立も同様で、やはり1.2倍程度でしたね。東アチの偏差値ですが、県千葉が断トツで72、次は東葛飾で70前後、県船は68ぐらいでした。東船橋駅ができる前で、
旧称センター競馬場前が最寄り駅で徒歩でかなりかかり、不人気でした。
私立は東邦がトップで69、市川が67。当然、渋幕・秀英はありませんでした。千葉東が66、千葉女子が65で市立千葉と
同程度でしたね。東邦・市川を「滑り止め」にできたのは、県千葉と東葛飾ぐらいです。というか、進路指導が徹底していて、受験させてもらえなかったはずです。
内申も、相対評価だったので、今のように試験に賭けることは不可能でした。公立の選抜方法も試験+内申の総合点ではなく、試験の得点と内申点を分け、それぞれば、
合格者の枠に入っているかで、合否を決める方式でした。だから、無理な受験はどの中学校も認めませんでした。
当時の進学実績、特に国立大学は大学名・学部、氏名及び出身高校が千葉版に掲載されていましたから、これらを確認すれば、手っ取り早いと思います。
今よりも遥かに、国公立大学の評価が高かった時代です。県千葉が圧倒的で、次いで東葛飾、その他、木更津、長生、匝瑳などが強かった時代です。
私立は東邦と市川は以外はほぼありません。
新聞の縮刷版なら、手軽だし、千葉市以外の図書館でも収蔵していると思います。一度、ご覧になってください。半世紀前の実態がかい間みえますよ。































