今年入学した高1生が語る青春リアル
関西最難関中学のスレ
<男子>灘、東大寺、西大和、甲陽、洛南、星光、洛星
<女子>西大和、洛南、神女、四天(医志)
上記 最難関校以外でも大いに語ろうではありませんか。
徹底的な京大医学部保健学科志向から「受験少年院」と呼ばれて他校からは評判が悪かったと。受験は団体戦だと言われていたらしい、東大合格者名を掲示して毎日拝むようにも言われていたらしい。
これ誘導を超えた洗脳では?
>勝山正躬氏は徹底した受験指導で灘を東大進学校にした立役者らしいですよ。OBの吉田たかよし氏がいろんなメディアでおっしゃっています。
ご本人が僧侶であったことと、徹底的な東大志向から「受験界のラスプーチン」と呼ばれて他校からは評判が悪かったと。赤門の写真を飾って毎日拝むようにも言われていたらしい。
これ誘導を超えた洗脳では?
だったら西大和も子供を洗脳したら駄目じゃないのかな。
いったい何を主張してるの?
74年に灘から現役合格した園池靖さんは『灘高校生の受験日記』(秋元書房、74年)でこう記している。
〈灘高における予習と復習、宿題のあり方を考えてみる。とにかく灘高では、それも授業の延長だし、少なくとも英、数、国はそれさえやっておけばあるいは十分なのかもしれない。少なくとも先生は、生徒が家で勉強すべきカリキュラムまで作って、生徒を入試のための実力養成エレベーターにのせている〉
エレベーターにのれなかった生徒もいたようだ。園池さんが高校3年の夏、クラスメートが亡くなった。同書でこう綴(つづ)られている。
〈暗い、そして無性に腹立たしく、涙が出る。(中略)彼はおれよりえらく、俗物でなかったから自殺という終局を選んだかもしれない。クラスメートも、あまり意見を吐かぬ。しかし、彼らの心の中には、やはり彼に対するなにかの負担を感じているようだ。もっと生きるための努力をしてほしかった〉
勉強との因果関係は分からない。60~70年代は「受験勉強を苦に……」「東大志望の浪人生がノイローゼとなり……」という自死や犯罪の記事が散見された。
ぼくの思い出の一冊というある医師のブログから
園池靖 著 「灘高校生の受験日記」
これが小学生だった私の愛読書です。公立中学から灘高を受験して新高1として高校生活をスタートした著者。学校近くで下宿して、どんな授業を受け、なにを悩み、なにを勉強したのか、こまごまと書かれてありました。無事に現役で東大文2に合格されていたと記憶しています。
卒業試験が1番からビリまで表になっていて、大学合否が横に書かれてあるのを見て、自分のいまの成績を常に確認し、励ましていました。
印象に残っているのが、英語の先生の恐ろしさ。解釈がうまくできなければ鉄拳が頭に飛んできたという下りは、ほんとうに灘中に入ったとき、恐怖でした。
ただ事実を記載しているだけですよ。
新興校が進学実績を伸ばす方法、特に関西の学校が東大進学校になるためには共通点があるということです。(個人的には良い方法とは思ってないよ。)
灘は1980年頃から管理教育を辞めている。この頃に東大合格者数日本一を開成に明け渡した。
西大和も最近は管理教育から脱却しつつある。




































