今年入学した高1生が語る青春リアル
関西最難関中学のスレ
<男子>灘、東大寺、西大和、甲陽、洛南、星光、洛星
<女子>西大和、洛南、神女、四天(医志)
上記 最難関校以外でも大いに語ろうではありませんか。
受験日を最難関校と日程をずらし、1回の合格者は少なくして、受験回数を増やし最難関校受験者の受け皿として、受験機会をつくる。
当然、たくさんの受験者が集まるわけで、高偏差値帯のお子様の中からも不合格者が出てしまう。
進学塾は、その結果を踏まえて翌年から、判定偏差値を上げざるを得ない。
何回か繰り返せば、立派な難関校の出来上がり。
特徴として、入口の偏差値と大学受験の結果に大きな隔たりが出来てしまう。
特に偏差値の高いお子様は色んな学校を選ぶことができるので、人気だけではなく冷静な判断で受験校を選ぶことをお薦めしたいですね。
判断を間違えて、大事な6年間をテスト漬けの毎日にしない為にも...。
進学実績無関係にはバブルかどうかを論ずることができないということが、全くわからないらしいね。
だから神女の場合だって進学実績がわからないのだから、R4が61でもバブルかもしれないってことだよね。
入試は一回だけでも。
東大に一番近い進学校「灘校」誕生秘話
当時は、神戸一中(現・神戸高校)や神戸二中(現・兵庫高校)、私学では甲陽(西宮市)などのレベルには遠く届かない学校だったようです。東京大学の合格者数ナンバーワンの称号を得るのは、開校から40年の歳月を要したのでした。
初代校長眞田範衛(のりえ)が「日本一の学校にする」と誓い、開校してから40年後の1968(昭和43)年、東大合格者数が132人と、東京都立日比谷高校を抜き、初の日本一に輝いた。
https://kobedx.kobe-np.co.jp/n/n3dc56e979837
何が言いたいのか分からないけど灘は素晴らしいってこと?昔は上の言うことは絶対。体罰も当たり前だった。教師の立場が強かったこの時代に自主性を重んじてるな。
校内で「東大に行け」と強く指導されることもなく、松本は「むしろ、本筋から脱線する先生が多く、いろんな分野に興味を持たせてくれる授業だった」と振り返る。




































